May 24, 2007

07.05.24_17:36

Shinjyuku, Tokyo

May 18, 2007

左手の夢

「率直に言うが——、君はピアノを弾くには向いていないようだね。」

窓際に佇み陽光を背に浴びて黒ずんでいた彼は、そう言いながらぐるぐるとピアノに向かう私の周りを歩いて回った。それから、彼は200周ばかりぐるぐると歩き回っただろうか……、私は音を出さないように注意深く鍵盤から指を宙に浮かせて課題曲の運指を確認しながら、傍目には熱心さを装いながらもひたすらに彼の動きを目で追い続けていた。

(彼は馬鹿になったのだ、気でも違ったに違いない。だって、あれから飽きもせずにまだぐるぐると私の周りを回っているのだから!)

丁度、800周目に突入しかけた彼が不意に立ち止まり、かぶりを振って自身の切実を幾らか強調しながら私に向かってこう言った。

「思うに、ピアノは君向きの楽器では無いようだ。と云うのも、君はピアノを弾くとき目一杯鍵盤を叩くし、すぐに調子っぱずれな音を出す。蓋を閉じたり開けたり、弦を切るチューニングをすぐに狂わせる、ピアノの上で寝る踊るルンペン紛いに、演奏中にものを食べる、放屁する、挙げ句の果てには脱糞放尿性交淫乱、……さらにはピアノにラリアットを喰らわせてジャイアント・スウィングで投げ飛ばす始末だ。私はね、これ以上君にピアノを教えるのはとっくに限界だと思っている、そこでだ——」

彼は散々歩き回ってさらに絶叫せんばかりの大演説をおっ始めたのだから、最早ふらふらで立っているのも不思議なくらいだった。私はしなやかに欠伸を繰り返しながら彼の風船のように膨らんで紅潮した顔をぼんやりと眺めていた。

「そこで、君には何か別の楽器をやらせた方が善いのだと思う。と云うのも、確かに、このまま訓練を続ければ君はピアノを自在に弾きこなすようになるだろう。」(嘘を付け!)「君は今以上に上手くなる、間違い無い、それは私が保証しよう。」(嘘を付け。だって、ちっとも上手くはならない! 満足に弾ける曲なんて唯の1曲も在りはしないぢゃないか!)「けだし君も、このまま辛い訓練を重ねるのは退屈だろう、そうだろう。」(そうだ、そうだ)「違うかね?」(全く以てその通りだ)「そこでだ、手っ取り早く何か君向きの楽器を見付けて、一先ず何か曲でも1曲弾けるようになれば、君ももっと音楽を愛するようになると思うんだね。ピアノの習得はそれからだって遅くは無いと思うが、如何なものかな?」

(こいつ、そんな事を言って、さっさと僕からピアノをひっぺがしたいに違い無い。そうだ、そうに違いない。こいつは僕がピアノとあんまり仲良くするものだから、きっとそれを僻んで嫉妬してるに違い無い。そうだ、そうなんだ、きっとそうだ。こいつはピアノとだって"ヤル"男だ! 家に帰れば裸でピアノと寝てるんだ、それだのに僕が放屁をするぐらい何が悪い、ケツの穴くらいよこしたらどうだ!)

「先生、然しながら私はもう200年ばかり、こうやってピアノの前に齧り付いて訓練を続けているのですよ。あと何年生きられるかなんて分かったものぢゃ無い。それだのにこの期に及んで別の楽器を習得せよと、そうおっしゃる訳ですね。ああ、積年の苦労も水の泡! 何て事だ、恨みますよ先生、酷い、何て人だ、一生呪ってやる。」

「まあまあまあまあまあ、とは云え君は瑞々しく今だってぴんぴんしているぢゃないか。女性との夜の営みも数知れず、旺盛だ。大丈夫、君はあと数百年は生きるよ。それよりもどうだね、この楽器を試してみては——」

そう言って先生は私にしかめっ面をしながら"カズー"を手渡した。

「先生、酷い、あんまりだ! それにこれじゃ、満足に1曲だって吹けやしない。いや、吹けるものもあるだろうが、然しそれを曲と言っても善いものだろうか……、何にせよ音域なんてものが無い、狭過ぎる! 何をやってもまるで一本調子だ、嫌だ、変化だ、波瀾万丈をください! ぴっぷくぷー。」

私は激しく地団駄を踏んでその場に突っ伏した。それから床に寝転がり呆然として空を見上げ、さめざめと泣いた。


May 11, 2007

May 5, 2007

07.05.05_17:49


岡本太郎《明日の神話》@MOT