July 29, 2009

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 元住吉の中古本屋にて、
伊藤潤二『道のない街』(朝日ソノラマ、1998年)[「伊藤潤二恐怖マンガCOLLECTION」Bd. 11.]、
を購入した。

July 25, 2009

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 六本木はミッドタウンにある 21_21 Design Sight へ、『骨』展の併設企画である菊地成孔氏のレクチャーを聞きに行く。名前こそよく聞けども彼の音楽をまともに聴いたことはない。勿論、生で見るのは初めてのことだ。上位倍音、差音・加音、リズムについて、ラモーの音楽理論概説を中心に。
 それから旧乃木邸の脇を抜け、乃木坂トンネルの上を歩き国立新美術館の前へ、それから脇道に逸れるようにして青山霊園内を散策する。幾つかの墓を詣でるも、手を合わせる途端に言葉が頭の中から消えていく、失語の感覚を常に味わうのだ。
 ゆっくりと、ビルの日陰を頼りながら渋谷方面へと歩く。青山学院大学の向かいに在る古書店にて、
野崎孝訳『フラニーとゾーイー』(新潮社、1976年)[=Salinger, J. D. "Franny and Zooey" 1961.]、
野崎孝・井上謙治訳『大工よ、屋根の梁を高く上げよ シーモア—序章—』(新潮社、1980年)[=Salinger, J. D. "Raise High the Roof Beam, Carpenters and Seymour: An Introduction" 1963.]、
天沢退二郎訳『青空』(晶文社、1968年)[=Bataille, G. "Le Bleu du Ciel" 1957.]、
これらを購入した。
 元住吉に戻り、暫く自宅での読書を楽しんだ後、近所の高台に在る公園へ行き、隅田川花火大会を見る。同時に二会場を見渡すことが出来るものの、音ばかりがして花火の殆どはビルの陰に隠れてしまう。時折、向こうの空が色鮮やかに数秒染まる。乙なものである。このような高みの見物は、「東京」という都市がスプロールしていく様をもまた、まじまじと見ることでさえある。会場の上空には数機のヘリコプターが滞空していたが、花火が終わると、やがてそれらはこちらへ向かって帰還していった。

July 23, 2009

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日吉駅に在る書店にて、
石川雅之『もやしもん』(Bd. 8)、
山田芳裕『へうげもの』(Bd. 9)、
これらを購入した。

July 22, 2009

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初めて日蝕を見た。

July 18, 2009

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 渋谷の TOWERRECORDS にて、
TORTOISE "Beacon on Ancestorship"(Thrilljockey, 2009.)、
を購入する。
 それから、大学院時代の友人たちと待ち合わせて酒を呑む。

July 16, 2009

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 私は、職場ではいつも音楽を聴きながら仕事をしている。アイディアーからルーチン・ワークへ、特に「タスク」をこなしているようなときには音楽が欠かせない。選曲に特には「コレ」というような基準がなく、寧ろ「音」であれば何でも良い、という場合もある。以前は "Seeq Pod" を頻用していたのだが、これが米著作権団体との係争の末にサービスが停止してしまったので、最近では "You Tube" のプレイリストを利用している。時たまに自宅からCDを持参して職場のPCに入れ込み、"iTunes"で聴くような場合もあれば、そのラジオ機能で WNCU の Jazz チャンネルを聴くこともある。私は朝、出社してからの1時間程は各種ニュースサイトをチェックする習慣を持っているが、いつも通り NYT と WSJ に目を通してから、"NHK Radio Online" で言語を取り替えながら暫く他国語の声を聞いているときもある(営為の耳慣らしか)。或いは、"NASA TV" を夕方の放送終了時刻まで垂れ流しにしているときもある。又は、果たせるかなここには職場での作業内容に対する"共鳴関係"の働き掛けもあるのだ。先ほどの「音であれば」という私の嗜好はこのような聴取習慣の雑多性において表れている。機能的には個人的な「記憶術」か。他方で私にはタスクをこなす最中にアイディアーの思考をする癖があり、並行する手順の流れが実に思考の雑多を統制する、というような経験則を持っている。だからこの場合の「音」とは、思考の混雑を筋道付ける「ノリ」であり「調子」であるだろう。「思い付き」の羅列がただ何ともなしに向きを揃えられただけのことで、直ちにこれらが強力な道具立てに仕上がっているということは往々にしてよくある。つまり「聴く」とはいえこの場合は「聞く」と記述した方が適切だろう。私は音を聴くことで常々思考の余地を残しておく、他律的な意識の流れを維持している。考えることを考えているような状態に在って、そこから導かれる結果とは散々なものだから、「考えるとはいえ、考え過ぎないようにしよう」。その一方で、「音を聴き過ぎないよう、あくまで聞くのだ」ということである。

July 15, 2009

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 職場からの帰りしな、日吉の書店にて、
『軍事研究』(No. 521, Aug., 2009.)、
港道隆訳『精神について』(平凡社、2009年)[=Derrida, J. "De l'esprit" 1987.]、
これらを購入し、さらに元住吉の中古本屋にて、
伊藤潤二『富江』(朝日ソノラマ、1997年)[「伊藤潤二恐怖マンガCOLLECTION」Bd. 1.]、
同『富江 PART 2』(朝日ソノラマ、1997年)[「伊藤潤二恐怖マンガCOLLECTION」Bd. 2.]、
を購入した。

(Ymm君より、貸していた Nord Lead 2 が返ってきた)



私は、父方の祖父の、あの顰め面しい顔付きを今でも覚えている。
私が大学進学の為に上京するまでは、盆の度に父の郷里に行くのが習慣であったから、この祖父とは積年の付き合いが有る。
その他方で、母方の祖父とは僅か4度ばかり顔を合わせただけにも関わらず、この祖父の商売人らしい人当たりから、私は彼との間に色々の話題を持ったような記憶が有る。
父方の祖父は漁師だった。その為に、彼の信条が自然との遣り取りにより形成されたからなのか、それが田舎らしい偏狭さに因るものなのか、私はこの祖父との遣り取りを酷く苦手にしていた。今思い返してみても、どのような言葉を交わしたのかさえ記憶の中に浮かび上がってはこない。幼い頃より、私にとっての彼は唯々畏れ敬うべき存在であった。(この意識の流れは、幼い頃に抱いていた父に対する印象にも似通ったものである)
そのような訳で、母方の祖父の気安さとは対照的に、父方の祖父とは実に気難しい人として在り続けていた。
私が大学在学中の折に先ず母方の祖父が死に、次いで父方の祖父が溢血の為に痴呆となった。余命はあと僅かばかりということで、母からは「もしもの場合に備えるように」と言付かっていた。この数ヶ月後に彼は死んだのだが——。
父方の祖父が溢血で倒れてから間もなくして、私は父に連れられこの祖父を見舞う機会を持った。
彼は病院のそれではなく、父の生家のベッドに縛り付けられていた。「唐桑御殿」とも称される、奥行きの深い古めかしい日本家屋に在って、畳の間の上に白い病院染みたパイプベッドと点滴のスタンドという取り合わせは、それまで抱いていたこの家に対する印象を裏切って異様であった。曾祖父も曾祖母も、晩年は和室の真ん中にでんと敷かれた布団の上に臥せっていたから、まるで思い掛けず見慣れぬものを目にしたような感覚である。


今朝見た夢。
地方の進学校らしい雰囲気の中に、突如として端正な美少女が転校してくる。
然も、早々の全国模試で彼女は一位をとってしまう。
幾ら進学校とはいえ、未だ「全国」という視座からは遠退いた平穏さに在って、彼女が突如として齎した「全国一位」という価値の余りの桁外れさに、一同沈黙ながらもひた隠しには出来ぬ騒然を共有することになる。
これまでの、自分たちが「進学校」というものに所属しているということからの田舎らしい優越感は尽く打ち砕かれる。
自分たちの学力というものが急に矮小化されたが為の卑屈が生じる。
とはいえ「全国」という、未だ知れぬモノサシの茫漠を前に、唯々うつらうつらと沈黙せざるを得ないのであった。

July 12, 2009

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蝉が鳴き始めた。

July 11, 2009

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 近所の高台に在る公園から都心方面を見遣ると、東京タワーのイルミネーションが青色に変わっていることに気付いた。何の変哲もない色なので、遠目には周囲のネオンに混じって直ぐにはそれと分からない、それも近くに寄れば"落ち着いた色"と見えるのかもしれないが。例えばスカイブルーと言われるような色味なら、夏の夜空に似合って良かったのに。
久々にラジオを付けて日中を過ごす。近頃、休日になれば家に籠って本を読んでばかりであったから、近隣の喧噪でもなく、閉鎖気味の環境へと新たな情報が次々流れ込んでくるのは新鮮だった。大衆歌というものの、一年振りに触れたとしても大して印象の変わらぬことに驚いた。聞き古した音の羅列であり、既に聞いた事が有ったかのような気さえする。見慣れたもの、聞き慣れたものに安心するのかもしれない。私がTV放送を見なくなって久しい。うんざりする程にその内容が下らないからだが。"ちょっとした何か"、そんなものが価値であり、"ほんのちょっと"生活上の変化について殊更注目してみる子供のような堪えの無さに、最早自分とは関係のない話題と思った。片や、インターネットの環境は復活させようかと思う。あれは自らの意志で、自らが"知るべき"情報を得ている、という感じがする。そんなところが殊更に大衆の自信と、能動的受動性(世間が何も変わらないことの確認)とを満足させるのだろう。結局のところ受動的なのに、何か積極的に"動き回っている"ような気にさせるからだ。
今朝、目覚めの際に見た夢は、新聞屋が集金に来る夢だった。それでか、目が覚めてみると何やら一か月は新聞を購読しているような気になり、郵便受けを改めてみたいような気がした。のみならず明日には集金に備えて代金を揃えておかなければならないような気もした。

July 7, 2009

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職場からの帰りしな、元住吉の古本屋にて
『マンガ夜話』(Vol. 5、キネマ旬報社、1999年)[特集:望月峯太郎『バタアシ金魚』/古谷実『行け!稲中卓球部』/士郎正宗『攻殻機動隊』]、
『電脳コイル アクセスガイドBOOK』(徳間書店、2007年)、
を購入した。

July 1, 2009

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近所のコンヴィニーにて、
浦沢直樹『PLUTO』(Bd. 8)、
を購入した。