September 29, 2008

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職場からの帰りしな古本量販店に立ち寄り、
沙村広明『ブラッドハーレーの馬車』(太田出版、2008年)、
つげ義春『リアリズムの宿』(双葉社、1983年)、
竹内桜『竹内桜短編集』(集英社、1999年)、
これらを購入した。

September 28, 2008

パップコーン『カンヌ』

 「パップコーン」としては第2回となる単独ライブ『カンヌ』の舞台撮影をする。前回の『ゴニン』からは実に1年8ヶ月振り、私は「カルコー」時代の第2回単独ライブ『田中革命』から何らかのかたちで関わりをもってきた訳だが、彼らとの付き合いも既に6年を数えるのだと思えばやはり感慨深い。「コント」というよりも寧ろ「演劇」に近い空気感は健在で、5人の演者がそれぞれ担う役割は一層明確なものとなってきている。演者が多いことから、TV放送向けの1、2分尺のネタを少々苦手としているものの、5分尺を超えたネタでは強みが現れてくる。小劇場演劇には余りみることのできない、客席における開放的な気分の横溢が殊更に楽しい。松谷の作る幕間映像の完成度については最早定評がある、今回は外部の作家をオープニング映像の担当に迎えることで、そこに余裕すら感じさせた。適度に力が抜けて、ラフな仕方で軽く舞台制作をこなしていく様子に、彼らの成長を感じて嬉しくなる。依然として、出会った頃と同じ道を歩み続けている彼らの姿が端的に嬉しいのだ。
 バラしの終わった後で、打ち上げに参加する。名残惜しさもあるが、終電の前にその場を辞した。

September 27, 2008

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代田橋駅そばに在る書店にて、
いくえみ綾『潔く柔く』(Bd. 8、集英社、2008年)
を購入する。
そのまま帰宅路に就き、自宅の最寄り駅に在る書店にて、
『巴里の憂鬱』(三好達治訳、新潮社、1961年)[=Baudelaire, C.-P. "Le spleen de Paris(Petits poèmes en prose)" 1869.]
を購入する。
それから、暫くの間は駅に在るカッフェで読書に耽る。

September 26, 2008

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自宅の最寄り駅に在る書店にて
Poe, E. A.『ポー詩集』(加島祥造訳、岩波書店、1997年)
を購入する。

September 24, 2008

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——一恵がね 死んで 一か月くらいした時にね オレんちの居間にね いたんだ。 オレさ なんかふつうに 「おまえもう死んでるんだよ?」って言ったら 「……うん わかってる…… わかってるんだけどね……」 ——って言って 消えました。
[いくえみ綾『潔く柔く』(Bd. 3)]

——そう! かわいいロク! 天使のロク 世界一のロク あの子はうちのアイドルだから 太陽だから!
[id.『潔く柔く』(Bd. 5)]

——あたし そいつ きらい。 おまえ そいつに関わると "ヘン"になるんだよ。 あたしそいつ なんか すごい 嫌だ!
[ibid.]

——「……ああ 知ってるよ」。 いいや 本当は知らない。 「瀬戸カンナ」はどんな人間なのか 中西の無防備な笑顔を見て あたしはとても知りたくなった。 とてもとても知りたくなった。
[id.『潔く柔く』(Bd. 6)]

September 23, 2008

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「イエスまた「なんぢの名は何か」と問ひ給へば「わが名はレギオン、我ら多きが故なり」と答へ、また己らを此の地の外に逐ひやり給はざらんことを切に求む。彼處の山邊に豚の大なる群、食しゐたり。惡鬼どもイエスに求めて言ふ「われらを遣して豚に入らしめ給へ」イエス許したまふ。穢れし靈いでて、豚に入りたれば、二千匹ばかりの群、海に向ひて崖を駆けくだり、海に溺れたり。」

[《And he asked him, What is thy name? And he answered, saying, My name is Legion: for we are many. And he besought him much that he would not send them away out of the country.
Now there was there nigh unto the mountains a great herd of swine feeding. And all the devils besought him, saying, Send us into the swine, that we may enter into them.And forthwith Jesus gave them leave. And the unclean spirits went out, and entered into the swine: and the herd ran violently down a steep place into the sea, (they were about two thousand;) and were choked in the sea.》
Mark 5:9-13]

September 22, 2008

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 私は文章を書く際には「これ」や「それ」などの所謂指示代名詞を多用するけれども、何だか詳細を言い包めたがるような性急さも感じられるから、時たまに居直りで濫用を決め込む時もあれば、やはり出来ることならば直ぐにでも止めたいとも思える悪癖なのだという気掛かりにもしている。

September 21, 2008

『横浜トリエンナーレ 2008』

 『横浜トリエンナーレ 2008』を見に桜木町へ行く。

Jonathan Meese, 2008.

 世間でこの催しがどのように扱われているのかは知らない。ここには Art も Kunst も Beaux-Arts も、そして勿論「芸術」もないのだということを明言する必要はある。問題となるのは「アート」という片仮名書きの日本語についてであるから、先ずこの点に誤解のないようにされたい。「アート」は Art の訳語などではなく、最早独立したマーケティング上の"一ジャンル"である。だから、真面目な人がこのような"語義の問題"に係って一層憤慨しているのをよく見掛けるのだが、それは余りに場違いな態度であると言える。同様に、このような語義の問題に自覚的であるような振る舞いによりちゃっかりとおこぼれに預かろうとする卑しい連中もちらほら見掛けるが、今では彼(女)らもすっかり古風な収利生活者に成っている。つまり、ここに「作品」は在るかも知れないが、その価値は「アート」という枠付けによる変質を免れてはいない、という点を理解するべきなのである。例えば、観客が皆神妙な面持ちで事の行く末を見守っている光景があるとして、その状況に客観性を導入する為の反射装置——例えば"監視カメラ"のようなもの——が彼(女)らのすぐ近くに設置されているとする。そして、モニターに映し出される彼(女)らの過剰なまでの深刻さをせせら笑う為の場所が他に用意されているのだとすれば、それは「作品」になるかもしれない——というのは、無論のこと「冗談」である。
 私見で言えば、この催しはカネを支払って観客の若い女の脚を観に行くことにこそ価値があると思う。「アート」の楽しみ方は人それぞれなのだということについては大いに結構である。せめてこの点についての誤解を退けるような配慮は必要である。

September 20, 2008

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 新宿の淳久堂書店にて
『シェリング著作集(Bd. 3)』(伊坂青司/西村清和訳、燈影舎、2006年)[=Schelling, F. W. J. V. "Darstellung meines Systems der Philosophie" 1801, "Fernere Darstellungen aus dem System der Philosophie" 1802, "Philosophie der Kunst" 1803.]、
『メタフラシス』(高橋透/吉田はるみ訳、未來社、2003年)[=Lacoue-Labarthe, P. "Métaphrasis suivi de Le théâtre de Hölderlin" 1998.]、
を購入した。
 それから新宿二丁目へ行き、相変わらず同じ店でビールを呑みながら、待ち合わせていたTkh君が現れるのを楽しみにしていた。顔を合わせるのは半年振りのことであるように思う。互いの近況の話題を交えながら色々のことを話した。暫くしてから場所を駅に近くにある線路沿いの店の2階へと移した。そこで深酒を呷り、少しばかり心許ない足どりながら連れ立ってファブロの《Passi》を観に行き、そのまま帰宅の途に就いた。

 あなたの耳が、私にとっては余りにも可愛らしいものだったから、私はまるで口説くような口調で、こうしてあなたに語りかけているのです。あなたは色の白い柔らかな肌をして、あなたの耳はやはり同じように色白で、電灯の明かりの為に仄かな暖色で色付き、そして耳の先のあたりがやおらに紅く染まり、するとあなたの耳は花の咲くように艶やかに、あなたの髪はその輝きを照り返すように、あなたの黒髪が右と左に流れる分水嶺の如き白く小さな耳のかたちが、あなたの耳はあなた自身であるかのような、あなたは私にとってのそのような薔薇の耳なのです。

September 19, 2008

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 あなたの耳が、私にとっては余りにも可愛らしいものだったから、私はまるで口説くような口調で、こうしてあなたに語りかけているのです。あなたは色の白い柔らかな肌をして、あなたの耳はやはり同じような色白で、電灯の明かりの為に仄かな暖色で色付き、そして耳の先のあたりがやおらに紅く染まり、するとあなたの耳は花の咲くように艶やかに、あなたの髪はその輝きを照り返すように、あなたの黒髪が右と左に流れる分水嶺の如き白く小さな耳のかたちが、あなたの耳はあなた自身であるかのような、あなたは私にとってのそのような薔薇の耳なのです。

September 18, 2008

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 カッフェで岩波文庫の漱石『硝子戸の中』を読んでいたら、あちこちへと持ち運ぶうちに段々と草臥れたらしいグラシン紙のカヴァが、背から真っ二つに破れてしまった。これはすっかり飴色に変色していたのが、その為に却って風情が匂っていた。この幾分か古風な様子は気品の漂ったふうにも感じられて、頁を捲る指先とは違った手触りが本の背を支える指に残るのも私は気に入っていた。
 むずかりながら破れたグラシン紙を取り除くと、随分と真新しいような感じのする表紙紙の様子を私は意外に思った。薄汚れて透明さの鈍ったカヴァを透かして読める表題の文字には、古びたが為に確かさの宿るような思い込みも有ったが、それが今や昨日今日にでも書店で買い求めたばかりのもののような、まだ新しいというだけで気恥ずかしさを思うような気分の生まれない訳にはいかなかった。不意にものの纏う魅力が消え去ってしまったかのような落胆が興った。表面ばかりが侘びて、然しその裏では着々と新しさの伏蔵されていたことには驚かされた。
 清々しい天色の帯には「定価100円」と書かれている。奥書を見れば、私のものは1983年の第53刷とある。これは丁度私の生年に相当する。その上には1963年改刷とある。さらに上には初刷りの年が書かれていて、これは1933年となっている。意外にもその出所は年の浅いもので、表紙紙のまだ初々しいのはこの為である。例えば私の持っている『東海道中膝栗毛』は1938年に刷られたものであり、その全体は黒ばみに汚れて背の表題はくすんで判然としない。(又、この頃の岩波文庫は当世のものよりも一回り大柄で、のみならず検印台紙が貼られている)二つの本を並べて見比べれば最早一目瞭然に、後者は実に無理なく侘びていた。半世紀ほどの幾年の差は、やはり思うまでもなく明らかなものだった。手品のカラクリを知った時にもこういう気分を抱くものらしい。魔術の備える魅力は幻惑に依るものだけれど、こうもあっさりと切り返しを喰らう小気味良さにこそ、寧ろその為の魅力は喚起されるように思う。
 破れて用を成すことも出来なくなったこのグラシン紙のカヴァは、仕方無しに二つ折りにして後の見返しの間に挟んである。

September 17, 2008

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仕事帰りに日吉の書店へ寄り
大川周明『回教概論』筑摩書房、2008年(=慶應書房、1943年)、
『わたしは花火師です』(中山元訳、筑摩書房、2008年)[=Foucault, M. "Je suis un artificier" 1975, "Se débarasser de la philosophie" 1975, "Qu'est ce que la critique? Critique et Aufklärung" 1978, "Histoire de la médicalisation" 1974, "L'incorporation de l'hôpital dans la technologie moderne" 1974.]、
を買った。

September 15, 2008

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 口を噤めば、世界で最も早く耳に届いた音楽が聞こえてくる。残影の音楽とでも言えようか、その旋律は口ずさむ間も無く消えて失せてしまい、と同時に次から次へと矢継ぎ早に頭蓋を駆け巡る。だが確かに聞こえた音楽のただ影として知るような直観を掴まえ、持続の手綱を繋いでおく事は難しい。つまり、音にして鳴らすには余りにも素早く、この音楽を書き留める為には非常な記憶力を要するか、——或いは"印象の力"であるかもしれない、この二度とは繰り返し聞く事の出来ない音楽を掴まえ留めておく為には、先ず何よりも才能が、次いで客観を介さぬままに持続を勝ち得た集中力(決して「今まさにその音楽を聴いている」などという理由を手にしてはならない)を必要とする。だからこそ、不意に響き渡る音楽との度重なる別れを惜しむよりも寧ろこの期に満ちた stimmung 気分を受け入れると云う事が、直観の響きが降り注ぐ為の歓待の礎となるように思われる。

September 14, 2008

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 今日は昼頃に目覚めた。昨晩の飲酒の為にか、少し胃の荒れているような感じがした。素晴らしい晴れ模様だった。が、数時間もすると陽は陰ってきた。久々にバイクの後席に跨る。秋めいた風にとても気分が善い。多摩動物公園から多摩センターへと抜ける道のいつの間にか開通していたことを知る。そのまま近所の古本量販店まで送り届けてもらう。
講談社刊「国際版・世界の美術館」シリーズのうち
『ボストン美術館』(Bd. 11)、
『ロンドン国立絵画館』(Bd. 13)、
『メキシコ国立博物館』(Bd. 15)、
芥川龍之介『奉教人の死・煙草と悪魔 他十一篇』岩波書店、1991年、
『「砂漠の美術館——永遠なる敦煌」展図録』1996年、
これらを購入した。

September 13, 2008

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 今日は高幡不動へ行き、以前の職場の同僚と酒を呑んだ。私がその職場を離れてから1年近くが経っていたので、久し振りに顔を合わせた筈なのだが、その為の感慨は不思議と起こらなかった。それぞれの今の仕事のことなど、近況についてを話した。1人が遅れてやって来た。
 トルコの綿菓子「ピシマニィエ(Pişmaniye)」の話題になったが、「あれはガラスマット(FRP成形に用いる)にしか見えない」という点で盛り上がった。私も初めてこの菓子を目にしたときはそう思った。指で摘んで、毛糸の絡まったようなのを解しながら食べると、ぽろぽろと毛綿の飴が溢れて散々な目に遭う。思い切って一口に食べるのが望ましいが、とても甘いからそれが難しいという人も多いだろう。口にすれば、親しみ易い白漉し餡のような味がする。
 18時から終電を過ぎるまで、6時間は酒を呑み続けていたことになる。酔い具合はそれほど深くもなく、だが少々"べらんめえ"の調子で、ほろ酔いに任せて勇んで高幡不動尊の暗い山道を3人で駆け擦った。

September 10, 2008

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 職場からの帰りしな古本量販店に立ち寄り、『ギタンジャリ』(森本達雄訳、第三文明社、1994年)[=Tagore, R. "GITANJALI" Macmillan, 1912.]を買った。

September 7, 2008

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 今日は平日に起床するのと同じ時刻に目覚めて、それから暫くは部屋の掃除をした。色々なものを捨てた。普段から折り畳んだり重ねたりして脇に押し遣っていたものを、あれこれと吟味しながらも次々と屑籠の中へ放り込んでいった。
 午後になり、北野武の映画の幾つかを飛ばし飛ばし観ていた。Bruckner の音楽を聴いていた。そして、そろそろ夕方の事などを思い起こすような時間になってからやっと、私は自転車に跨がり近所の中古本量販店へと向かった。何か気晴らしの為になるような本を探した。そこで、
筒井康隆『ヘル』(文芸春秋、2003年)、
『フォレスト・ガンプ』(小川敏子訳、講談社、1994年)[=Groom, W. "FORREST GUMP" 1986.]、
『好き? 好き? 大好き?』(村上光彦訳、みすず書房、1978年)[=Laing, R. D. "Do You Love Me? --- An Entertainment in Conversation and Verse" 1976.]、
これらを購入した。

September 6, 2008

《TOKYO!》

渋谷へ行き、シネマ・ライズで《TOKYO!》を観る。
ドゥルーズ, G./パルネ, C.『対話』(江川隆男・増田靖彦訳、河出書房新社、2008年)[="Dialogues" Flammarion, 1977; éd. augmentée, 1996.]を買った。その外観は、群青の帯が丁度「パルネ」の名を隠すような具合で、一見するとまるでドゥルーズの単著であるかの見せ方はあざとい。その反面、栞紐と花布の天色は何とも可愛らしく、清々しかった。装幀はお馴染みの戸田ツトム氏による。
この日に私が携えていたのはドゥルーズ『経験論と主体性』とバディウ『倫理』の2冊、さらに『対話』を加えて3冊である。フランス現代哲学の本を小脇に、流行りのフランス映画を観に行くというのは、周囲に並み居る世知に煩い洒落人に劣らずまた何とも洒落た振る舞いぢゃないか、などと自嘲する。
それから、学部時代の同窓であるY君と待ち合わせて、久々にあれこれの歓談に湧き立つ。

September 3, 2008

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 仕事場からの帰りしなに在る古本量販店に立ち寄り、
安彦良和『虹色のトロツキー』(Bd. 2, 3、単行本)
を購入する。