August 15, 2006

untitled

「私は、分水嶺に、ひとつの感じがあるように思う。(…)地の果てというと、この大地の上のひとつの物尺をあてて、そのまま真直ぐ気の向いた方へ無限に延長した何処かの果て、荒涼たる氷海に閉ざされた暗澹たる土地を想像しがちであるが、もしこの大地にそって幾日か進めば、すでに私達はその地の果てに達しているのである。そこへ達すると、私達の地を這う習性が試されるように思われる。小さく光った湖や光を吸いこんだ黒い森や白い蒸気がたちのぼっている裸かの大地などが、そこから神々の庭のように眺めおろされるが、と同時に、虚空に接している屋根から真上の蒼穹を眺めあげると、不意に一歩踏みのぼりたくなるのである。(…)——そんな何処かへ架かろうとして極まっているひとつの地の果ての感じは、虚空へのびあがった分水嶺に、たしかにあるように私は思う。」

[埴谷雄高『虚空』1950年]