November 6, 2022

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久々に武蔵美へ行き、 『黒川弘毅——彫刻/触覚の理路』展を観た。
ほぼ全作品が一堂に会し圧巻の光景だった。

然し《Eros》シリーズのことは相変らずよく分からなかった(学生時代から、そうなのだ)。
黒川弘毅の作品は紛れもなく「量塊(マッス)」の彫刻だと理解している。
《Spartoi》や《Golem》のシリーズなどその明らかなものであり、そこから翻って《SIRIUS》や《Hekate》、《Benne Bird》というシリーズをみると「表面から量塊へ」という把捉を強く促すようにみえる。
が、ここで《Eros》シリーズのことが漠然としてよく分からなくなる。
《Eros》の湯口側(黒ずんだ面)が作品のファサードなのだとすれば分からないこともない。
磨き上げられた人型の量塊が、この"背後"なのだとすれば分からないこともないような気がしてくる。
うつ伏せに寝かされた人型が垂直に立ち得る要件を作家が作品に与えたのだとすれば、この湯口側の黒ずんだ歪な水平面がそれを担保するのだとすれば、専ら《Eros》は黒ずんだ影などではなくこの垂直に変じた水平面を支持するための厚みこそが磨き上げられたブロンズの量塊なのだと、そう理解し得る。

『黒川弘毅——彫刻/触覚の理路』(武蔵野美術大学 美術館・図書館、2022/10)[図録]、
『黒川弘毅——彫刻/触覚の理路 不出品作品を含む全作品リスト・論考・展示会場写真編』(武蔵野美術大学 彫刻科 黒川研究室、2022/10)、
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