October 27, 2009

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健康診断の結果が思わしくなく、心臓に疾患の有るようなので、精密検査を受ける為に近所の総合病院へと向かった。
一旦、家の前の坂を下り、右に折れて今度は坂を登る。この上り坂はどうにも古臭く埃を被ったような雰囲気が有って、中々気に入っている。家々が山の斜面に潜り込むように、その脇に至るところ細い雑多な造りの階段が分け入って伸びているのが面白い。
目指す病院は風通しの良い高台に在る。何でも、昔は結核の治療所だったようだ、というのは喫煙所で煙草を飲みながら職場の人より聞き知った話。
古めかしい総合病院と云うものは——きっと誰もが口にするに違いない、まるでカフカの「城」なのだ、と。
病院の内部はとにかく煩雑な感じがする。あちこちに何かを案内する為の表示があるが、それが為により一層、謎めいた・独特の文化を現しているようにも感じられる。
(渋谷のNHKが丁度似た印象を抱かせる)
そう、もうここは世知とは異なる法律を持った、別の国家なのである。
あちらこちら、そんな何かに向かって待機しているような住人たちを見続けていると、私のあちこちまでが序々に病に蝕まれていくように思える。おそらく「自分こそ健康なのだ」と云うような信念を抱く人間ほどこのような他人の不健康に対して一層嫌悪を感じるだろう。
さて、受付から初診の診察室へ、担当医の女性が色白の柔肌で一重瞼、顔や手にほくろの多いのが大変に可愛らしかった。
私が彼女にあちこち念入りに弄られた後、レントゲン撮影、心電図検査を経て再び診察室へ戻る。と、今度は威厳に溢れる年配の男性医が出迎えてくれた。
ライトボックスには私を写したレントゲン写真、「きみの心臓はかたちがおかしいね」、この男性医は言う。
(心電図検査室に居た、地黒で二重瞼の、眼鏡を掛けた看護士の女性も可愛らしかったような気がする、などと思い返していた)
先ほどの愛らしい女性医は、まるで教師に付き従う生徒のかように、恭しく彼の男性医の隣で控え目にしている。
「ほら」と彼が言うので、私がこのレントゲン写真を見遣ると、「確かに私の心臓のかたちは奇妙で、変形しているのだ」。
左心房のあたりが肥大している影が分かる。
正常と云われる心臓、人体解剖図で目にするような心臓のかたちは下膨れの球体形であるが、私の心臓は傾げた楕円球のようなかたちをしている。
だがまあ、こんなひしゃげた心臓になっても、私はなんとかこの身体と折り合いを付けていくものさ、とも考えた。
つまり目の前のレントゲン写真が示している事実を私は余り気に留めなかった。
とは云え面と向かって「医者」と呼ばれる人間に、自分の心臓を散々に"変"呼ばわりされ続けると、何ともなしに、遂には自信が無くなってしまうものである。
依って精密検査とやらはまだ続くことになった。来週のCTとエコーの予約をしてから、尿検査と採血へ——あの忌まわしい苦痛、採血!
会計を済ませる為に財布を手にしながら、病院のレジスターの前でもう、私はすっかりうんざりな気分になっていた。
また件の古めかしい坂を下りながら、かすかに心臓のあたりが滞るような、胸の上っ面のあたりに鈍痛を覚えて「ああ、すっかり騙されたな」とも考えた。家の前の再び上り坂では、歩きながら更に息苦しい感じがしたのだ。