September 30, 2009

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元住吉にある中古本屋にて、
内藤泰弘『トライガン・マキシマム』(Bd. 1-6)、
古谷実『僕といっしょ』(Bd. 1-4)、
を購入した。

September 27, 2009

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荻窪、吉祥寺を回り、代々木で友人(※Osmくん)のライブを観る。
行く先々で中古本屋へと寄り、漫画『BECK』数冊のほか、
大江健三郎『叫び声』(講談社、1970年)、
同『状況へ』(岩波書店、1974年)、
米川正夫訳『ドストエーフスキイ全集 4』(河出書房新社、1970年)[=収録:『死の家の記憶』、『ネートチカ・ネズヴァーノヴァ』]、
浅田彰監修『マルチメディア社会と変容する文化』(NTT出版、1997年)
これらを購入した。

"I"や"Me"は消滅してしまいました。"We"だけが残りました。ほかに名指すべき人称が(は)もう有りません。

「著述」というものが垂直性を備えるのは、それが完成され、強度を示す為であるが、他方で"著述の作為"は常に水平性の質を維持している。

September 26, 2009

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今日は、昼過ぎに駅前の商店街にある中古本屋を数件梯子し、漫画『BECK』を数冊購入してから、それをカッフェで読んだ。それが読み終わればまた次の中古本屋へ、という具合に。駅の辺りを何度となく往来した。『BECK』——一度は集めていて、後で友人に纏めて売り払ってしまったのが今更になって惜しくなり、再び買い直している。幸楽苑で醤油拉麺と半炒飯のセットを食べた。それで何となく満足した。
大江健三郎『キルプの軍団』(岩波書店、1988年)、
藤村昌昭訳『前日島』(文芸春秋、1999年)[=Eco, U. "L'isola del Giorno Prima" 1994.]、
松原健二監訳『「ヒットする」のゲームデザイン——ユーザーモデルによるマーケット主導型デザイン』(オライリー・ジャパン、2009年)[=Bateman, C./Boon, R. "21st Century Game Design" 2006.]、
これらを購入した。

September 25, 2009

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「きみが作りたいゲームとは何か?」と社長に訊かれ、ふと改めて考えたのだ。
私が作りたいゲームとは——、それは子供がプレイして率直にカッコイイと思えるもの、あわよくば「こんなゲームを作れる人になりたい」と思わせるゲームだ。
私は別に、例えば CERO Z のゲームを中学生がプレイすることそれ自体が問題だとは思わない。そこには彼らなりのスリルがあって、それ故に"Z指定であること"の意味が倍加するのだと考える。過激な表現があれば、そこに付随する意味の重さも変わるのだから。逆に問題であるのは、Z指定相当のコンテンツが平然と全年齢対象商品として流通することなのだと思う。だから寧ろ、私が作るゲームにおいては、その世界に尊厳のあることを求めたい。表現に込めた意味なるものがどれほどの重さを示すのかを試したいのだと思う。それ故に、私が作るべきゲームとは、子供に向かって、彼らに世界の在り方の可能性を一つ飛びで見せてやれるものであるべきなのだと、考えた。

September 20, 2009

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Aと横浜中華街へ行き、中国提灯、"电脑室"と書かれたプレートを手に入れる。
それから山下公園、大さん橋へ移動し、東京藝術大学向かいにある古書店にて、
草薙正夫訳『美と芸術の理論—カリアス書簡—』(岩波書店、1936年)[=Schiller, J. C. F. "Kallias. oder über die Schönheit" 25,Jan.,-28,Feb.,1793.]、
を購入した。

September 19, 2009

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Ykm君から本が届いた。
唐十郎『佐川君からの手紙——舞踏会の手帖』(河出書房新社、1983年)、
司修『夢は逆夢』(白水社、1990年)、
『ユリイカ』(青土社, No. 342, Jan., 1994.)[特集:ジョン・ケージ——拾得物としての音楽]、
松本百合子訳『肉体の悪魔』(アーティストハウス、1998年)[=Radiguet, R. "Le Diable au Corps" 1921.]、
『文學界』(文藝春秋社, Feb., 2009.)、
山川丙三郎訳『神曲』(上/中/下、岩波書店、1952-1958年)[=Dante, A. "La Divina Commedia" 1308-1321.]、
横光利一『日輪・春は馬車に乗って 他八篇』(岩波書店、1981年)、
安部公房『カンガルー・ノート』(新潮社、1991年)、
阿部和重『シンセミア 下』(朝日新聞社、2003年)、
町田康『実録・外道の条件』(メディアファクトリー、2000年)、
町田康『東京飄然』(中央公論社、2005年)、
山下耕二訳『カルティエ』(光琳社、1997年)[=Tretiack, F. "Mémorie des marques Cartier" 1997.]、
『ブリジット・ライリー 1959年から1978年までの作品』(東京新聞、1980年)[=図録:東京国立近代美術館]
小松茂美『かな—その成立と変遷—』(岩波書店、1968年)、
窪川英水『英語から覚えるフランス語単語』(創拓社、1994年)、
和辻哲郎『古寺巡礼』(岩波書店、1979年)、
永井均『〈子ども〉のための哲学』(講談社、1996年)、
竹田青嗣『現代思想の冒険』(筑摩書房、1992年)、
今村仁司編『現代思想を読む事典』(講談社、1988年)、
世阿弥『風姿花伝』(岩波書店、1958年)、
戸井田道三『能 神と乞食の芸術』(せりか書房、1972年)、
丸山圭三郎『ソシュールを読む』(岩波書店、1983年)、
丸山圭三郎『言葉と無意識』(講談社、1987年)、
丸山圭三郎『生命と過剰』(河出書房新社、1987年)、
丸山圭三郎『文化のフェティシズム』(勁草書房、1984年)、
廣松渉『科学の危機と認識論』(紀伊国屋書店、1973年)、
廣松渉『マルクス主義の地平』(勁草書房、1969年)、
野島秀勝訳『ハムレット』(岩波書店、2002年)[=Shakespeare "The Tragedy of Hamlet, Prince of Denmark" 1604/1623.]、
出淵敬子訳『ヴァージニア・ウルフ著作集 2 ジェイコブの部屋』(みすず書房1977年)、
外山弥生訳『ヴァージニア・ウルフ著作集 6 幕間』(みすず書房、1977年)、
神谷美恵子訳『ヴァージニア・ウルフ著作集 8 ある作家の日記』(みすず書房、1976年)、
滝口修造訳『芸術の意味』(みすず書房、1966年)[=Read, H. "The Meaning of Art" 1949.]、
斎藤栄治訳『ラオコオン—絵画と文学との限界について—』(岩波書店、1970年)[=Lessing, G. E. "Laokoon" 1766.]、
前田護郎編『世界の名著 12 聖書』(中央公論社、1968年)、
工藤精一郎訳『世界文学全集 17 罪と罰』(新潮社、1961年)、
以上35点。

September 18, 2009

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日吉にある中古本屋にて、
中村俊定校注『芭蕉七部集』(岩波書店、1966年)、
萩原恭男校注『芭蕉書簡集』(岩波書店、1976年)、
を購入した。

私の言葉は記述されるだろう。
皆が私の言葉を書き残すだろう。

September 15, 2009

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日吉駅にある書店にて、
『軍事研究』(No. 523, Oct., 2009.)、
を購入した。

September 12, 2009

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朝、蚊の羽音に悩まされて、暫くのあいだは彼とも格闘し、やがていじましく疲れてしまってまた寝入ったあと、それから再び目覚めたのは17時の鐘の音とともに、だった。どうやら随分と、土曜日の休日を寝過ごしたものだった。

’90年代以降の、日本人に典型的な症候として「ディアスポラ憧れ病(コムプレクス)」がある。これは度々、名称を違えて現われてくるものの、その大枠はついぞ変わらない(それゆえに"典型的"なのだが)。要は、自身の所属に対する倒錯した満足感があってのものらしいことが分かる。つまり、「私は、私自身の出自を有らん限り疑った上での、まさに今在るような私である訳だ。つまるところ私は、私という存在それ自体に大いなる疑問を抱いた一個体なのだ」という表明。記述するだに随分と壮大(否、尊大)な感じがするものだが、彼らがもし上手く喋れるものであれば、小差あれ大差なしと思う。換言すると、「私は私自身の存在について充分に疑うものなのだから、今ある私自身の在り方というものにも充分な正当性があるはずだ」という満足感。ひねくれた自己正当化の方式がここにはある。
 ディアスポラとはユダヤ人の振る舞いである。これに対して我ら"何となく日本人"は憧れてしまうのだ。というのも、日本で生活していく上では、とりたてて「私が日本人である」という強度のアイデンティファイを行う必要がないからだし、またTVなどのマスメディアを通じて、「世の中には実に様々な価値観がある、ということは格好善いね」と常々攻撃され続けてきたからだ。そういう人が海外に行き、またそういうライフスタイルが日常なのだという態度を示したがる。或いはそのような振る舞いに憧れる。彼らが海外を旅してその結果、「私は海外でも独力で充分に楽しんで生活することが出来たよ」ということだけが言いたい、実に旅というものを企てながらも日本での生活を延長してしまう怠惰が、声高らか(実際には抑制された口調で、充分に説得力を含ませるように)表明されることになる。
 ディアスポラであるユダヤ人が確固たるアイデンティファイを常々行わなければならないのはなぜか? (だが、行っている訳では無く、そのように見えるだけなのだろう)

September 5, 2009

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 「哭きたくとも、表立って咽び泣く訳にはいかない。それ故、虐げられたユダヤ人の如く、例えば舞踊に依って、音楽に潜めて、泣き笑う鷹揚さを発揮しなければならない。」という走り書きを見付けたのだが、これはいつ書いたものだろうか?

September 4, 2009

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 午前中は診療所へ行き、インフルエンザの検査をする。職場へは昼過ぎに出社する。体調は持ち直してきたかのようであるが、缶ビール1本がまだ応える。帰宅してから秋刀魚を捌いてブツにする。中々美味かった。ただ、包丁が鈍らであったために身の舌触りが芳しくなかった。

September 3, 2009

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 前日に引き続き、この日も夕方になると、徐々に体調を崩していった。

September 2, 2009

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 体調が著しく優れないものと思われたため、定時退社後にはすぐさま養生の必要となりそうなものを買い揃え、自宅での療養に励む。栄養の補給、熱い湯に浸かる、過度の睡眠、など。