ほとほと疲れて寝床に臥せ、眼を蓋ぎ、暗闇の中を暫しのあいだ浮遊していると、瞼の裏側に既視感を伴った光景がはっきりと浮かび上がってくることが有る。それは幼い頃に見た風景であったり、つい先程まで思い返していた由無し事についてであったり、或いはまだ見ぬ出来事の幻視であったりと実に様々ではあるが、これらの光景に於いて共通するのは、常にその場には居ながらも私は既に傍観を決め込んでいて、眼前に展開されていく出来事に対しては全く参加していないと云う事である。時たまに登場人物から話し掛けられる事も有るが、私はただ黙って頷くのみなのだ。全ての事柄は明らかであり、何一つ目新しいものを見出だすことは出来ない。そのような既知の出来事が、まるで"繰り返される"ようにして現れては消える。
私は相変わらず疲れていた。殆ど気疲れと云うものによりすっかり脆弱になっていた。このとき瞼の裏に現れたのは生家で両親と夕食を共にする風景であり、私はまだ高校生くらいであるような感じがした。両親の他には誰か人の居るような気配がなかった。食卓の上にどのような料理が並んでいるのかは分からないが、両親を向かいにして3人で何かを食べながら、あれこれについてを歓談しているような感じがした。すると私が今臥せっている寝床の布擦る音と共に、耳元には幾つかそれらしい声が聞こえてくる。が、それらの声は両親のものともまた私のものとも似通っていない、或る普遍的な匂いのする声であった。段々に蓋がれた瞼の向こうが騒がしくなり、人々の居る気配が流れ込んでくる。皆行儀よく玄関から次々に部屋へと入ってくる。私は一人で部屋に臥せり、雑踏に囲まれて、両親との食事を楽しんでいる。然しながらふと「私の身体がここに在る」と云う考えが到来するや否や、それらの人々は記憶の中へと退隠し、瞬く間に私は再び一人になった。そして眼を開き、それまで在った生々しい感触を追憶しては何やら無性に寂しい気分になり、そして悲しくなった。
March 11, 2008
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時刻: 00:00
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