近藤恵介『いい地図』展を観に Gallery Countach(新宿)へ行く。
彼の絵柄は以前から知っていたのだけれど、実際に作品を観るのはこれが初めてである。それは印刷を経た image よりもずっと清々しく、何の先入見も用意しなかったが故に、却って作品に没入する事が出来たのかもしれない。率直に善い作品だと思うし、所有欲をも掻き立てられる。
空白を広めに取った画面構成には随所に三角構図がみられる。彼によれば、最初に全体の構図を定めて描くのでは無く、先ず部分から描き始めて、描き進めていく過程で序々に最終的な構図を決定するとのこと。非常に緻密な筆致が重ねられている。近頃では、やもすれば手抜きとも思えるような勢い張った筆致の作品ばかりが目立つが、その中に在って、彼の丁寧な仕事には率直に安心感を覚える。
初見に於いて、或る程度完結性を持った(キャラクター化された)モチーフ群がモジュール状に配置されているようにも思えた。そこから私は一連の失語症絵画との類似を認めて、端的にその徴候を読み取ろうと試みたが、作品に於ける個々のモジュール(部分)は決して交換可能なものとしては描かれていない、それらの絶対的な配置による構築性の有る事に気付き、寧ろその構成に於いて「曼荼羅」にも似た統制的な構造を見出だせるのではないか、と考えるに至った。画面全体を部分の積層により埋め尽くす事無く、適切な余白を維持し得たのはその為だろう。とすれば彼の作品に於いては、構図よりも構成と云う事に多くの力点が注がれているのかもしれない。部分から描き始められるにも拘らず、結果的には全体的な合致(停止性)を獲得していると云う点は非常に興味深い——余り優れていない描き手の場合、この「停止性」は画面の全てを埋め尽くす事に依って獲得される。
私とは年の離れた、年下の友人Ykt君とギャラリーで待ち合わせ、彼の次の公演企画の話を聞く。
それから私は銀座へと赴き、Gallery Art Point で催されたM先生によるレクチャー『"神秘"の俗解』に参加する。これは『DE MYSTICA —召命—』展との並行企画。M先生にお会いするのは久々であるけれども、「情調(Stimmung)」に関する考察にそれ程の進展がみられなかった事には少しがっかりとした。先生は今、何を考えていらっしゃるのだろうか?
レクチャーの後に先生と少しだけ話をした。私の好物である白松がモナカの胡麻餡のものを一箱頂いた。先生は終始にこにことしている。
先生が構想する「情調論」はまだ断片的であり、確かに巨大な問題系を孕んでいる。が、先生がやらないのであれば私が先にやろうとさえ思った。先生を奮起させるだけの理論をまだ私が持たない事に腹が立ったし、それが悲しくもあった。私が大学在籍時、先生が落ち着き無く宙に視線を漂わせながら話す日常の事柄からは離れてふっと紡ぎ出したその断片に、その声に! 私は確かにその場に居合わせて、そして"確かに"霊感を受け取ったのだ。私は今でも、緩やかながらも着実に、この霊感を絶えず吟味し考察を積み重ねている。だから仮にも私が先に「情調論」を完成するのであれば、先生にはそれを心から喜んで欲しいと思っている。
March 1, 2008
『いい地図』展
時刻: 23:21
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