December 29, 2014

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午前休出のあと、新宿へ行き、
『アニメグラフ』(Vol.5, 6)、
を購入した。

December 27, 2014

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新宿に在る書店にて、
オジロマコト『富士山さんは思春期』(Bd.5)、
吉本ますめ『くまみこ』(Bd.3)、
山田参助『あれよ星屑』(Bd.1、2)、
を購入した。

それからTTkさんの忘年会に参加した。

December 26, 2014

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目黒にて、GFAに参加した。

December 25, 2014

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中野坂上に在る書店にて、
ひよどり祥子『死人の声をきくがよい』(Bd.5)、
木尾士目『げんしけん 二代目の八』(Bd.17)、
を購入した。

December 21, 2014

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秋葉原UDXにてHiちゃんと待ち合わせて、Red Bull 5Gを観た。
初めて観た本格的なeSportsの大会に心揺さぶられるものがあった。

December 19, 2014

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職場の忘年会があった。
ビンゴで生肉の切身の写真をプリントしたTシャツを当てた。

December 16, 2014

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Amazonにて注文した、
ホジソンますみ・田中幸訳『ゲームメカニクス おもしろくするためのゲームデザイン』(ソフトバンク クリエイティブ、2013年)[=Adams, Ernest/Dormans, Joris "Game Mechanics: Advanced Game Design" 2012.]、
鈴木大拙『日本霊性』(中央公論新社、2008年)、
を受取った。

December 15, 2014

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Amazonにて注文した、
『Human Interface Guidelines: The Apple Desktop Interface(日本語版)』(新紀元社、2004/1989)[="Human Interface Guidelines: The Apple Desktop Interface" Apple 1987.]、
を受取った。

December 14, 2014

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Kgchくんらと久が原で待ち合わせて、快快カーを借りて千葉へ。
『原広司:WALLPAPERS
ーー空間概念と様相をめぐる〈写経〉の壁紙』展(@市原湖畔美術館)を観る。
壁紙として展示された膨大な"写経"とともに、それぞれを書き写す元になった書籍も展示してあり、手に取ることができる。
あれは氏本人の蔵書だろうか? 書き込みの類はなかったが、書き込みがあればしげしげと眺めてみたかった。
展覧会図録を購入した。

それから笠森観音、大多喜町役場、桜花格納庫跡を観て回った。

December 10, 2014

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中野坂上に在る書店にて、
阿部共実『死にたくなるしょうもない日々が死にたくなるくらいしょうもなくて死ぬほど死にたくない日々』(Bd.1)、
『軍事研究』(No.586, Jan., 2015.)、
を購入した。

December 9, 2014

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Amazonにて注文した、
時枝誠記『日本文法 口語篇』(岩波書店、1950年)、
三浦つとむ『大衆組織の理論 改訂版』(勁草書房、1959年)、
ウラモトユウコ『彼女のカーブ』、
を受取った。

December 8, 2014

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Amazonにて注文した、
村上重良『慰霊と招魂—靖国の思想—』(岩波書店、1974年)、
梶井厚志『戦略的思考の技術——ゲーム理論を実践する』(中央公論社、2002年)、
時枝誠記『日本文法 文語篇』(岩波書店、1954年)、
を受取った。

December 7, 2014

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Amazonにて注文した、
柳本光晴『きっと可愛い女の子だから』、
合田正人訳『ドゥルーズ 経験不可能の経験』(河出書房新社、2013年)[=Martin, Jean-Clet "DELEUZE" 2012.]、
を受取った。
中野坂上に在る書店にて、
大西巷一『乙女戦争』(Bd.3)、
を購入した。
元住吉に在る居酒屋にて、Iorさんと久々に会って酒を吞んだ。

December 6, 2014

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Amazonにて注文していた、
村上重良『天皇の祭祀』(岩波書店、1977年)、
藤井雅美・澤野雅樹編著『人はなぜゲームするのか——電脳空間のフィロソフィア』(洋泉社、1993年)、
池上高志・森本元太郎監訳『現れる存在——脳と身体と世界の再統合』(NTT出版、2012年)[=Clark, Andy "Being There: Butting Brain, Body, and World Together Again" 1997.]、
を受取った。

パップコーン単独ライブ「デスコ」を観に表参道へ。
彼らに会うのは本当に久々の事となる。
相変わらず演劇臭いコント。未開人じみた「擬音まつり」と映画の予告編について内輪で盛り上がってみたらというような「インザムード」、ループ感のあるストーリ構成の「予知夢」が中々面白かった。(個人的には、地方に在る謎めいた郷土資料館を彷彿とさせる「岸田権之助記念館」も良かった)
それから、カルコー時代から付き合いのあるSkmkさんと、原宿の街を散歩しながら居酒屋へ行き、久々に色々と歓談した。

December 4, 2014

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Amazonにて注文した、
佐々木友輔ほか『土瀝青——場所が揺らす映画』(トポフィル、2014年)、
『アクションゲームサイド』(Vol.3、マイクロマガジン社、2013年)、
を受取った。

December 3, 2014

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Amazonにて注文していた、
村上重良『国家神道』(岩波書店、1970年)、
を受取った。

November 30, 2014

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武蔵小杉に在る書店にて、
浦沢直樹/長崎尚志『MASTERキートン Reマスター』(Bd.1)、
植芝理一『謎の彼女X』(Bd.12)、
を購入した。

November 28, 2014

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馬鹿に就いて。馬鹿に触れてみて思うことは、彼らの言葉を自分の思った通りにしか読まない、ということだ。彼らは他人から訂正を課せられることをとても嫌がる。だから読み替えができない、ということがよく分かった。単に自意識に拗らせている状態が顕著である。だから、呼び掛けに問い掛けで応えるのは大抵馬鹿と相場が決まってくる。
また、馬鹿の罵倒は狙いが単調であり、リリックに深くエグるようなグルーヴに乏しい。世の中には逆立ちしても適わないような酷い悪口を思い付くヤツがいるもので、これは才能であるが、そのような驚きが彼らには欠けている。つまり、機知に欠けるところがある。

ベンヤミン曰く、
「ここぞという瞬間に、よりによって最近いちばん人気の高い流行歌に左右されてしまう人生があるとしたら」
転じて、
「ここぞという瞬間に、よりによって最近いちばん人気の高いテンプレに左右されてしまう人生があるとしたら」
又は、
「ここぞという瞬間に、よりによってググった検索結果の1ページ目に左右されてしまう人生があるとしたら」

結論として、例えばTwitterの高々140文字程度で感情のカタがついてしまうような人間は、十中八九馬鹿だと言って差し支えない。

November 27, 2014

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新宿に在る書店にて、
愛染五郎『大きい女の子は好きですか?』(Bd.1)、
『思想』(No.1087、Nov.、岩波書店、2014年)、
宇野邦一・松本潤一郎訳『リトルネロ』(みすず書房、2014年)[=Guattari, Félix. "Ritournelles" 2007.]、
を購入した。

November 25, 2014

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中野坂上に在る書店にて、
くらもちふさこ『花に染む』(Bd.5)、
山田芳裕『へうげもの』(Bd.19)、
『軍事研究』(No.585, Dec., 2014.)
を購入した。

November 9, 2014

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久々にMD50のエンジンを掛けたら、随分と掛かりが渋くなっていた。

久々に白河ラーメンの店へ行き、それから綱島へ。中古本量販店にて、
門脇佳吉訳『霊操』(岩波書店、1995年)[=de Loyola, Ignace "Texte autographe des Exercices Spirituels et documents contemporains" 1525-1615.]、
『桜蘭王国と悠久の美女』(朝日新聞社、1992年)[展覧会図録]、
を購入した。

November 7, 2014

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ykymさんの食事会に参加。三軒茶屋のお好み焼き屋にて。

November 5, 2014

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inu-kさんと原宿で待ち合わせてingressをプレイした。

October 13, 2014

悪魔のしるし『わが父、ジャコメッティ』@KAATについて

横浜、山下町に在るKAATにて、悪魔のしるし『わが父、ジャコメッティ』を観た。

(以下、編集中)
観ることができてよかった。面白かった。いつもの作品に比べて余りにも分かり易過ぎる、という批判もできる。作品の根底にはいつも通り演じられなさの提案がある、が、パッケージとしてこれまでの手つきの集大成という感じがする良作。
内容はかなり観易くて、途中客席から笑いが漏れる。いつも通りの「これは演劇なのがどうなのか」という”もどかしさ”を残しつつ、気安さでパッケージングした、いつもの演じられた結果を観続ける痛ましさが余りなく、好意的な気分のまま椅子に座り続けることができる。

1.演劇にならなさを提示したら面白いのでは?
2.やはり演劇にならなさ過ぎた
3.なぜ演劇にならなかったのかの方を提示しよう
という基本構造はいつも通りの流れ。で、そのプレゼンが”演劇になる”という部分の見せ方が、今回は観易いつくりになって上手くいっていた印象。

A.ジャコメッティ=矢内原という他人の偶然の類似と、
B.父=子の血の繋がりというある程度の必然がある類似。
A.B.どちらも後者の前者に対する親しみが根底の着想には見付かる。ただしB.はA.の演じられたものとしても出発している。(後にその失敗も提案される)

("実況プレイ動画的"というのは確かにあって、しかも「嫁にプレイさせる」系の素人いじりに近いノリもある。素人は演技をすることが出来ないがプロットに従って動くことは出来、それを演出の俎上に乗せる仕方だ。これは快快の"プロットを演じる"という先行例がある)

ジャコメッティ=父、矢内原=息子(危口)の相関性は分かり易く、その変奏や展開が行われるが、アネット=大谷の相関性は薄く、浮動性がある。この点には注目すべき構造がありそうだ。大谷の浮動性に注目するにしても、冒頭に登場した危口母の扱いをどうすべきか、という判定が生じる。舞台面に登場していたのは客入れの間、危口前説までだから舞台外とも言い得るが、構造としては板付き客入れとも言える訳で、舞台上から立ち去る人(母)と舞台上に残り続けて明らかに演じを開始する大谷という女性が、舞台の立ち上がりに交点を持って存在している。

(ちなみに、大谷ひかるは鼻の高い美人。いつまでも結婚しない息子(危口)が演劇を理由に父親へ送った空想の夫婦像という、束の間の淡い親孝行にも、通俗的には見えなくもない。これはアネット=大谷から、矢内原とアネットの不倫仲の提示が(意図的にか)不充分だったことに由来する)

父親が仮面を被った息子の肖像を描く。次に描き手とモデルが交代して、その絵の上に今度は息子が父親の肖像を加筆するように描く。親子だけあって両者は顔つきがとても似ている。これは父親の肖像だろうか、父親と後の繋がりを敷衍した息子の自画像だろうか。絵の具というマチエールは、それらの混交が描かれるようにさせる。息子を描く為に用いられた絵の具も、父親を描く為に用いられた絵の具も、描くという行為の結果として生じる筆触において混交している。

それにしてもフランス歌謡とか古典アニメの戯画性のようなシーンとか、いかにも通俗的フランス映画のようなラストとか、あのディティールは何なのか。『風立ちぬ』の、軽井沢での紙飛行機を追いかける戯画的なシーンは長過ぎると思ったが、あれでどんな質感を手に入れようとしたのか。

演劇において"それ"が演じられること、AをBとして演じるという対応関係が観者の想像力に働く。つまりBが先にあり、そのオリジナルとしてAが仮構される(B→A)のだが、危口くんの場合は端から「演じられたものを演じる」として、A'→Bの提示からA'→BとA'→B'との差延を展開する。
いや、「演じられたものも演じる」としたとき、それを"も"としたことでB-B'の重畳も確かにあるな、とも思える。であれば、そうならざるを得ない強制があって、そこからB/B'の引き剥がしという力学も働く、という想像もし得る。

October 10, 2014

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元住吉に在る書店にて、
『軍事研究』(No.584, Nov., 2014.)、
石黒正数『それでも町は廻っている』(Bd.13)、
を購入した。

October 9, 2014

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Amazonにて注文した、
Flying Lotus "You're Dead!"(2014)、
を受取った。

October 8, 2014

gnck『画像の問題系、演算性の美学』について

谷中へ。gnckくんが美術手帖芸術評論募集で第一席を受賞した、『画像の問題系、演算性の美学』の読書会に参加する。

(以下、編集中)
この論文は伝統的な絵画論の遡上にあるから、アルゴリスムとハードウェアの弁別なしにはインスタレーションへの展開が不可能なのではないか? 逆に、この点を埋めてやれば、今日的なデジタルの作品もメディウムの動的な規定により、詳細な記述が可能になるのではないか? という予見がある。メディア論よりも表象をベースに展開している論である、という印象。なら鑑賞経験論的にはムーアの法則に従い技術的解決による作品の漸近的な進展が予期できる。つまり、現時点ではマシンスペックが足りないが、今後は意図通りの展示が可能な、計算量についての記述論的な解決、つまり時間的な作品の鑑賞経験上の保留が生じる。

(例えば数枚の静止画にそれぞれノイズ・エフェクトを掛けてそれらを”ループのアニメーション”に仕立てると、静止カメラで撮影した映像に見える。が、これは時間的に閉回路の静止画が時間化したものであろう。故に映像とは弁別される。つまり作品の外観の質感と対実としてのアルゴリズムは弁別し得る)

”物資性の動的な規定”の理論は、直近に展開される美術論の核になるであろう要素として予想されるので、詳細に考察したい。

October 4, 2014

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Amazonにて注文していた、
まん◯画太郎『ミトコンペレストロイカ』(Bd.1、2)、
阿部洋一『橙は、半透明に二度寝する』(Bd.1)、
新田章『あそびあい』(Bd.2)、
『アクションゲームサイド Vol.A』(マイクロマガジン、2012年)、
『アクションゲームサイド Vol.B』(同、2013年)、
『帝国海軍と艦内神社』(祥伝社、2014年)、
を受取った。

October 3, 2014

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Amazonにて注文していた、
柱本元彦『全体主義』(平凡社、2010年)[=Traverso, Enzo "Il totalitarismo" 2002.]、
を受取った。

October 2, 2014

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Amazonにて注文した、
四方田犬彦『怪奇映画天国アジア』(白水社、2009年)、
を受取った。

September 30, 2014

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Amazonにて注文していた、
Godspeed You! Black Emperor "Slow Riot for New Zerø Kanada"(1999.)、
同 "Yanqui U.X.O."(2002.)、
新田章『あそびあい』(Bd.1)、
を受取った。

September 29, 2014

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Amazonにて注文していた、
植村直己『青春を山に賭けて』(文藝春秋、2008年)、
Godspeed You! Black Emperor "F♯ A♯ ∞"(1997.)、
を受取った。

September 28, 2014

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駒澤大学へ、反戦展のトークイベントに行く。
場内盛況。イベント終了後にもひっきりなしに観客の出入りがあり、それなりに注目を集めた企画展なのだと感じた。

なぜアンデパンダン形式なのか。反戦展に参加することはデモに参加するのと同じ感じなのだと土屋さんが言ったとき、なるほどと思った。
ゆえに参加には自発性を問われる。土屋誠一という美術批評家のオーソリティをハブ(媒介)として展開されたのが反戦展だ。
土屋さん曰く、「集団的自衛権の閣議決定がなされるという歴史的に重要なトピックがありながらこのまま美術関係者が何のアクションも起こさなかったなら、後世の人が2014年のシーンを顧みたときに恥をかくことになる」という動機付けがこの企画展の端緒にある。
僕はTwitterのTL上で、土屋さんの企画立ち上げから呼び掛け、実施までを何となく観測していて、アクションとしてよいスピード感があると思った。

会場で久々に会ったwktkくんと新宿で吞んだ。

新宿ブックファーストにて、
得能正太郎『ニューゲーム』(Bd.1)、
panpanya『蟹に誘われて』、
を購入した。

September 25, 2014

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中野坂上に在る書店にて、
いくえみ綾『太陽が見ている(かもしれないから)』(Bd.1)、
ハロルド作石『RiN』(Bd.7)、
『軍事研究』(No.583, Oct., 2014.)、
を購入した・

September 9, 2014

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中野坂上に在る書店にて、
『MdN』(Oct., 2014.)[特集:イラスト表現の物理学 爆発+液体+炎+煙+魔法を描く]、
『MdN EXTRA』(Vol.1, 2014.)、
を購入した。

September 6, 2014

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Amazonにて注文していた、
松原望『松原望の確率過程 超! 入門』(東京図書、2011年)、
原田勝彦『ゲーム・レジスタンス』(マイクロマガジン社、2014年)、
『MASSAGE』(No.7, 2007年)、
『MASSAGE』(No.8, 2009年)、
を受取った。

September 5, 2014

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Amazonにて注文していた、
ボードリヤール・フォーラム編『シミュレーションの時代』(JICC出版局、1987年)、
山田満郎『8時だョ!全員集合の作り方 笑いを生み出すテレビ美術』(双葉社、2001年)、
を受取った。

August 31, 2014

映画『リヴァイアサン』(2012)について

渋谷に在るイメージフォーラムにて『リヴァイアサン』を観た。

【以下編集中】
あれはGoProみたいにハードな使用に耐える高性能小型カメラないと実現が難しい作品だ。ドキュメンタリというよりスリラー映画だった・

カットの殆どが厳密に調整された構図じゃなく偶然に上手く撮れた映像を、おそらく膨大に撮り溜めたであろう映像アーカイブからカットとして抜き出してる。これはオート撮影機能がある程度優秀なカメラじゃないと実現できない・

ちょっと前までは小型カメラ映像は低品質で、寧ろその粗さこそが小型カメラの生っぽさとして演出的に用いられていたが、GoProではハンディカムくらいの品質で割と安定した画が撮影できる。低照度撮影なんて昔のカメラじゃノイズが酷くてとても綺麗な映像を得ることは無理だった・

映画『リヴァイアサン』では結構”綺麗な画”が散見された。条件さえ上手く合えばこれくらいの品質の映像を小型カメラによって得ることができる。2012年制作だとギリギリGoPro3発売前か、今なら4K映像からの切り出しすら可能・

カメラ性能使い切ってるので、白波のブロックノイズとか、速い動きのフリッカーノイズとか、波に叩き付けられての回路ノイズとか色々発生しててベンチマーク感ある・

カメラが厳密な構図に保持されない、構図の維持とは不随意の身体性がある(船のクレーン、釣り上げられた魚、いつも通り仕事をこなす漁師、などにカメラが据え付けられる)、カメラの人称性が消えているのが興味深い・

GoPro的映像といえばRedBullが提供するような、エクストリームないわゆる「人間の身体性すげー」とか、今まで見たことも想像したこともなかったような驚くべき視界の方がフォーカスされ易いが、ここ数年で単なるそういうカメラ視点は陳腐化しつつあった・

勝手に動いてしまったカメラみたいなジョナス・メカスの構図みたいなのもある。ある程度は作為的に転がしたカメラみたいな。それとは別にアーカイヴ・エディットみたいな性格も強い。この二つは拮抗しているように見えるんだけど、そこからの第三項はかなりある・


August 29, 2014

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Nseさんに誘われて、神田へ、羊肉を食べる会に参加した。

August 25, 2014

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元住吉に在る書店にて、
荒川弘『銀の匙』(Bd.12)、
を購入した。

August 22, 2014

『水野シゲユキ個展「崩」』について

馬喰町に在るラディウムーレントゲンヴェルケにて、水野シゲユキ展のオープニングパーティに顔を出した。

【以下編集中】

素材表現スゴい。プラモデルは美術のシーンからは少し離れたところにあるが、技術発達の速度がすごく速くてプロダクトに近い速度感がある。プラモデルの技術発達史を美術分析的に行ったら興味深いだろう・

例えばレールと貨物車の作品(大きい方)では、フレーム内では地面であったものがフレーム外では和紙のようなものとして、素材感の転換がみられる。つまり、土のように塗られたものが塗られた紙へと変化する・

地面表現に使用されたスタイロフォームもフレーム外では塗り残されてそれ自体の素材性が露出している・

彫刻論とオブジェ論の衝突する地点に作品がある。物質的なヴォリューム感を構成する点では彫刻的であるが、塗られた立体という点ではオブジェ的である。ただしどちらの視点からも完全に補完することができない突出があり、これは色彩的な半立体としてのレリーフ的なものに近そうである・

プラモデル、およびジオラマは既製品の寄せ集まりであり、例えば「これは〇〇社製の1/35戦車に、△△社製のフィギュアを改造、これは××社製エッチングパーツだ」などと分解してみることができる。美術のキャプションでは”ミクストメディア”と記載するが、プラモデルではリスト形式で使用した製品名が羅列されるのが普通である。これは写真作品のキャプションで使用レンズやシャッタースピードなどが羅列されるのに似ている・

画廊の外で池内さんと語ったことの結論は、 1.水野作品は美術論から言及できる質的要素が多い。プラモデルをサブカルのものと排除するのではなく、この成果には美術論的な金脈が見出だせる 指摘できる・

2.作家が正規の美術教育を受けていて、美術分野以外でその素養が発揮されているが、美術には組み込まれていない質的要素の数々が明らかに指摘できる。それは統合可能であり、美術論に取り入れることも可能ではないか・

パーツが1mm厚のプラスチックであるという実際の製品についての知識と、塗りの技術によって対象がスケール感を伴って、実物の縮小としてそれが0.7mm厚のヴォリューム感を持つように見えるという、彫刻的なマッスの操作が見える・

ジオラマの空間構成や彩色には、写真写りを意識した操作がしばしば行われる。つまりファサード、鑑賞視点の想定がある。この操作についてはメダルド・ロッソの作品を参照する・

スケール感というシミュラークルと、プラモデルがプロダクトであるためのヴォリューム感との交差に、特異なマッスが発生している・

August 4, 2014

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帰宅路に自由が丘に在る中古本量販店にて、
野村宗弘『とろける鉄工所』(Bd.9)、
を購入した。

August 3, 2014

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綱島に在る中古本量販店にて、
野村宗弘『とろける鉄工所』(Bd.1-8, 10)、
『世界の美術2 中世の美術』(座右宝刊行会、1965年)、
『大系世界の美術2 古代西アジア美術』(学習研究社、1975年)、
『大系世界の美術4 古代地中海美術』(同、1973年)
『大系世界の美術7 古代アメリカの美術』(同、1973年)、
を購入した。

July 28, 2014

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中野坂上に在る書店にて、
オジロマコト『富士山さんは思春期』(Bd.4)、
を購入した。

July 27, 2014

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箱根から帰ってきた。

July 26, 2014

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家族旅行で箱根へ行った。

July 23, 2014

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元住吉に在る書店にて、
井上雄彦『バガボンド』(Bd.37)、
ヤマザキマリ/とり・みさ『プリニウス』(Bd.1)、
を購入した。

July 17, 2014

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元住吉に在る書店にて、
ひよどり祥子『死人の声をきくがよい』(Bd.3, 4)、
島本和彦『アオイホノオ』(Bd.12)、
を購入した。

July 13, 2014

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GFAのため高田馬場へ。ジビエ会と云う名の珍肉会だった。
トド肉のルイベは、太地で食べたイルカ肉に味の系統が似ていたが、トド肉の方が獣味が強い印象。
イルカ肉には魚類の赤味に近い舌触りもある。

July 10, 2014

Untitled

中野坂上に在る書店にて、
ハロルド作石『RiN』(Bd.6)、
うめ『南国トムソーヤ』(Bd.3)、
『軍事研究』(No.581, Aug., 2014.)、
を購入した。

July 5, 2014

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Amazonにて注文した、
『九龍風水傳原聲音樂專輯~クーロンズ・ゲート オリジナルサウンドコレクション(初回限定生産)』、
石岡良治『視覚文化「超」講義』(フィルムアート社、2014年)、
を受取った。

午後にAymさんの事務所へ行き、hp社製の複合機と定盤を頂いた。

July 4, 2014

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前の職場のCG部の方たちに送別会を催して頂いた。

June 28, 2014

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武蔵小杉に在る書店にて、
木尾士目『げんしけん 二代目の六』(Bd.16)、
を購入した。

June 27, 2014

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新しい職場での歓迎会・壮行会。

June 17, 2014

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Amazonにて注文した、
『仮面ライダー——ぴあ 公式写真集&40周年記念本』(ぴあ、2011年)、
を受取った。

June 14, 2014

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Amazonにて注文した、
『昭和仮面ライダー列伝』(徳間書店、2013年)、
『仮面ライダー 全戦士パーフェクトずかん』(小学館、2014年)、
を受取った。

午後にAymさんの事務所へ行き、真空管ラジオを頂いた。

June 13, 2014

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Amazonにて注文した、
徳岡正肇『ソーシャルゲーム業界最新事情』(ソフトバンククリエイティブ、2011年)、
を受取った。

June 10, 2014

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Amazonにて注文した、
仲谷正史・筧康明・白土寛和『触感をつくる――《テクタイル》という考え方』(岩波書店、2011年)、
井上さゆり『ビルマ古典歌謡の旋律を求めて——書承と口承から創作へ』(風響社、2007年)、
を受取った。

元住吉に在る書店にて、
二ノ宮知子『87CLOCKERS』(Bd.5)、
『軍事研究』(No.580, Jul., 2014.)、
を購入した。

June 9, 2014

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Amazonにて注文していた、
井上さゆり『ビルマ古典歌謡の旋律を求めて——書承と口承から創作へ』(風響社、2007年)、
中谷正史・筧康明・白土寛和『触覚をつくる——《テクタイル》という考え方』(岩波書店、2011年)、
を受取った。

June 6, 2014

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青山スパイラルにて、『縹渺~巧術其之伍』展のオープニングパーティに顔を出した。
水野シゲユキ氏のジオラマ作品を生で見ることが出来て感激した。
それから二次会、三次会に参加した。

June 5, 2014

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EとTDSへ行った。

June 4, 2014

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渋谷で、Ktdさんら大学時代からの顔馴染みと久々に吞んだ。

May 29, 2014

2014伊勢・熊野、函南⇒日吉、104km

いよいよ旅の最終日、9日目。先ずは前日に観に行くことができなかった三嶋大社へ。その途中に、行きでパンク修理をしたバイク屋の近くで目に留まって気になっていた柏谷横穴群へも行く。それからあとは伊豆の山を越えて熱海。家まで元来た道をひたすら戻るようにして走る・

●柏谷横穴群
●三嶋大社
●走湯神社

May 28, 2014

2014伊勢・熊野、名古屋⇒函南、275km

8日目。今回の旅の中で最も一日での走行距離が長い日。行きで国道1号バイパスを走ったときに散々怖い思いをしたので、帰路ではなるべくバイパスを避け、できれば国道1号線の脇道を走ろうと思った。
名古屋から豊田・新城を抜けて浜松へ行く道はロードバイクで走りに行くような山道で結果的には遠回りになったが交通量が少なく走り易くはあった。途中で時間的な余裕が見えたので掛川城と駿府城に立ち寄った。が、当初に計画していた富士山本宮浅間大社へ立ち寄ることは諦めた。
この日は、また住さんに紹介して頂いて川上さん宅にお世話になった。舞台関係で、色々と人間関係に共通の繋がりのあることが明らかになって驚く・

●熱田神宮
●掛川城
●駿府城
●柿田川湧水群

May 27, 2014

2014伊勢・熊野、熊野⇒名古屋、212km

7日目。旅の折り返し、いよいよ帰路だという心持ちになる。前日の事故でバイクの調子は余りよくない。真っ直ぐ帰ろうという気分が強まってくる。
途中までは先日通った道を戻ることになる。熊野三山にはそれほど心を揺さぶられなかったので、もう一度伊勢神宮を観ようと思い瀧原宮に寄る。そこから松坂へ向かう途中に「本居宣長」の字を見付けて、ここがゆかりの地であると知る。少し寄り道。
四日市から名古屋までの道はとにかく大型のトラックが多い。"積載量25t"だの"毒"だの"高圧"だの、事故に巻き込まれたなら全く助からなさそうな大型車ばかりが脇を駆け抜けていく。象の群れに入り込んだチワワのようなものだ。もう二度とこの道を原付などでは走りたくない。
懸命に走った甲斐あって予定よりも早い時間に名古屋入りできたので、世界の山ちゃんにて息抜きに吞んだ。
この日は大学時代の同級生の家にお世話になった・

●瀧原宮
 ・瀧原宮
 ・瀧原竝宮
 ・若宮神社
 ・長由介神社/川島神社
●本居宣長奥墓
●本居宣長記念館
 ・鈴屋(本居宣長旧邸宅)
 ・松坂城
●鈴鹿サーキット
●津島神社

May 26, 2014

2014伊勢・熊野、白浜⇒熊野、112km

6日目。白浜のすぐ隣は田辺。田辺といえば南方熊楠。先ずは白浜に在る南方熊楠記念館、そこから田辺市内の南方熊楠顕彰館へ。顕彰館は休館日。小雨が降り出したので道を急ぐ。熊楠の墓に参るのを忘れた。
この日に走る国道311号線は、事前にネットで調べたところ原付でも走れない道ではないとのこと。だが途中に幾つか酷道区間がある。傾斜も急な場所がある。雨が本降りになってきて、身を屈めながら山道をひた走る。途中、道路の拡張工事をやっているらしく、ダンプカーと離合することもあった。
カーブで砂利を踏んで曲がりきれずに転んだ。前輪が軽くひしゃげて走るとハンドルが細かく揺れるようになった。フロントブレーキのレバーが根元から折れた。途中でバイク屋を見付けて見てもらうも応急処置は難しいとのこと。随分困ったことになったが、このまま走りきるしかない。(結局、これから600kmの道程をこの状態で走りきったのだ)
この日は熊野のユースホステルに泊まった。宿泊客が僕しか居なかったので、相部屋にも関わらず個室のように過ごせた・

●円月島
●南方熊楠記念館
●南方熊楠顕彰館
●熊野本宮大社
 ・熊野本宮大社
 ・大斎原
●丸山千枚田
●花窟神社

May 25, 2014

2014伊勢・熊野、太地⇒白浜、173km

5日目。前日に時間がなくて観て回れなかった熊野速玉大社のほか熊野那智大社を観たあと、そのまま海沿いに白浜まで行きその道すがらに幾つか奇岩を観るコース。
昨晩夕食を食べた定食屋の主人が「イルカの刺身が美味い」と言ったので、それはぜひ食べてみようという気になり、Twitterで頂いた情報を頼りに那智勝浦へ行く。イルカの肉を食べたら太地町を回ってみようという気になり、ふと「鯨鳥居」のことを思い出したからそれを観に行く。
白浜への道中、朝に熊野速玉大社を参ったおりに地元の方からお薦めされた重畳山(かさねやま。晴れた日には山頂から四国が見え、景色が良いとのこと)へ行こうと思うもやや日没までの時間に心許なさがあり寄らず、樫野崎灯台から江須崎島を経て白浜へ行くことにした。
この日の宿は温泉があるので、まずは軽く温泉に浸かり、一眠りしてからまた深夜に温泉を楽しんだ・

●熊野速玉神社
●浮島
●熊野那智大社
 ・大門坂
 ・熊野那智大社
 ・青岸渡寺
 ・飛瀧神社
●太地
 ・飛鳥神社
 ・恵比寿神社(鯨鳥居)
●橋杭岩
●紀伊大島
 ・トルコ軍艦遭難慰霊碑
 ・樫野埼灯台
●江須崎島
 ・江須崎明神
 ・江須崎灯台
●三段壁
●千畳敷

May 24, 2014

2014伊勢・熊野、伊勢⇒太地、164km

4日目。伊勢神宮の残る別宮、瀧原宮を経て太地へと至る。途中の山道では、道は荒れてはないものの傾斜がキツく、原付バイクの貧弱な馬力では息継ぎしながらの登坂がやっとだった。
この日に泊まった宿はNieche(ニーチェ)という。ネットで宿を探していたときこの名前を見付けてもう他の候補を探すことは考えられなくなった、というくらいにインパクトがある。別に宿を入ったら目の前に大判のニーチェ肖像写真が飾ってある、とかではない。宿の主人が昔やっていたバンドの名前からとったとのこと。「スターリン」みたいだ。
夕飯を食べようにもすぐ近所には店がないらしく、宿の主人が懇意にしている定食屋までクルマで送って頂いた。帰りは店の主人に宿まで送り届けて頂いた。ありがたい・

●内宮
 ・皇大神宮
 ・荒祭宮
 ・風日祈宮
 ・御稲御倉神
 ・由貴御倉神
 ・御酒殿神
 ・四至神
●外宮
 ・豊受大神宮
 ・多賀宮
 ・風宮
 ・土宮
 ・度会国御神社
 ・大津神社
 ・下御井神社
●朽羅神社
●多岐原神社
●瀧原宮
 ・瀧原宮
 ・瀧原竝宮
 ・若宮神社
 ・長由介神社/川島神社
●馬越峠
●鬼ヶ城
●七里ヶ浜
●熊野速玉大社
●高丸城跡

May 23, 2014

2014伊勢・熊野、伊勢、41km

3日目。この日は伊勢神宮を色々見ようということで、伊勢市を中心に走り回った。前日から泊まっている風見荘が中々居心地のよい宿で、他の宿泊客と色々情報交換をした。「神宮を回るには早朝がよい」とのことで、5時頃に起き出して先ずは外宮へ行く。もの凄く居心地がよい。感じ入って2時間ほど滞留した。遷宮という伊勢神宮システムには圧倒された。ここから場の新旧という点に着眼した。
それから外宮では守衛さんにあれこれ丁寧な解説を頂いた。僕が社の一つを指して「この社には立て札がないが、どのようなものなのか?」と訊いたところから解説が始まる。「そもそも神宮は観光地ではない」「天皇陛下の目線で考えるので、本来なら不要」とのこと。なるほど、そもそもここは陛下の持ちもので、そこへお参りしているのだな、と。確かに案内板の類いは不要なのだ。同様に、何の立て札もなく、ただ荒縄で囲われている場所が神宮には数多くあるとのこと。これは一般に開かれるものではなく、儀式で神職が使う為のものである。ここから更にもう一つ、場の構成という点に着眼した・

●外宮
 ・豊受大神宮
 ・多賀宮
 ・風宮
 ・土宮
 ・下御井神社
●月夜見宮
 ・月夜見宮
 ・高河原神社
●倭姫宮
●上田神社
●月読宮
 ・月読宮
 ・月読荒御魂宮
 ・伊佐奈弥宮
 ・伊佐奈岐宮
●猿田彦神社
●伊射波神社
●伊雑宮
●倭姫命旧跡地
●二見興玉神社
 ・二見興玉神社
 ・夫婦岩
●内宮
 ・皇大神宮

途中、書店にて、
吉元ますめ『くまみこ』(bd.2)、
『伊勢神宮と125の社』(辰巳出版、2013年)、
を購入した。

May 22, 2014

2014伊勢・熊野、函南⇒伊勢、254km

2日目。朝起きてみるとバイクの後輪がパンクしている。近隣のバイク屋が開くのを待ってからあちこち問い合わせる。3時間ほどのロス。伊良湖岬発フェリーの最終便は17:40だから、これに間に合わねばならない。この日に観て回る予定だった場所は全てトバした・

May 21, 2014

2014伊勢・熊野、日吉⇒函南、129km

旅の初日。この日は朝から強い雨だったので、雨脚が弱まるのを待ってから出発。走り出したのが10時前くらいだったので通勤時間を重なる。古巣を脇目に、やや気不味い思いをしながら綱島街道を走る。途中、道を誤って磯子へ行ってしまう。
この日は住さんに紹介して頂いたKurubushi-Baseというギャラリーにお世話になった・

●江ノ島
・江島神社
・児玉神社
●寒川神社
●鴫立庵
●小田原城
●伊豆山神社

May 18, 2014

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東京藝大の絵画棟、KbyAさんのアトリエにて台湾茶会を行った。

May 17, 2014

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Ondさん宅にて、Kdoくん宅に設置するモバイルハウスを検討する会に参加。

May 16, 2014

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元住吉に在る書店にて、
大西巷一『乙女戦争』(Bd.2)、
を購入した。

May 10, 2014

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元住吉に在る書店にて、
『軍事研究』(No.579, Jun., 2014.)、
を購入した。

May 6, 2014

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Amazonにて注文していた、
イオン監訳『メイキング・オブ・ジュラシック・パーク』(扶桑社、1993年)[=Shay,D./Duncan, J. "The Making of Jurassic Park" 1993.]、
を受取った。

May 5, 2014

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昼過ぎになって、やおらに「動こう」という気になり、馬車道へ。
BankART Studio NYKにて、『かたちの発語』展を観た。
『Kenjiro OKAZAKI』(BankART1929、2014年)[企画展図録]、
を購入した。
展示は、作品の配置が妙に詰ったような場所もあれば、随分広々とした場所もある。
岡崎氏の図録は内容の資料性が高く、見応えがある。

帰宅して、Amazonにて注文した、
『歴史読本』(9月号、新人物往来社、2010年)、
『歴史群像』(8月号、No.114、学研、2012年)、
を受取った。

May 4, 2014

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有楽町へ行き、nくんと会う。nくんの原稿を叩きながら色々のことを話した。
動体的な規定について、物事を連続体として静的ではなく、動体のまま扱うことについて。
「擦る(こする)」ことについて、自分の身体を動かして、直に対象に触れること。
(nくんが白川静香を引いて、「触」という字について、それが筆で字を書く際に墨が紙に浸潤するイメージから成り立っている、という説のことを話してくれたのは興味深かった)
「スカスカ身体」について。イメージとしては、スポンジよりもカステラの断面に近い、バラバラなものが寄り集まって多孔質化したイメージ。フィルター身体、ライプニッツの池の中でうごめく魚のような身体。多孔質といえば、どちらかといえばその空隙の方に着目され易いが、そうではなくそれらの空隙を構成する為の実部の方に着目する。だから空隙の方が先に在るのではなく、それは後成的なのだ。

帰宅して、Amazonにて注文していた、
飯野賢治・ワープ『「ワープ」ワープ会社案内』(北都、1998年)、
浜野喬士『エコ・テロリズム——過激化する環境運動とアメリカの内なるテロ』(洋泉社、2009年)、
を受取った。

May 3, 2014

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Amazonにて注文していた、
駕籠真太郎『殺殺草紙』、
防衛省防衛研究所編『東アジア戦略概観 2009』(ジャパンタイムズ、2009年)、
同上『東アジア戦略概観 2010』(ぎょうせい、2010年)、
同上『東アジア戦略概観 2012』(ジャパンタイムズ、2012年)、
を受取った。

Ishさん宅にて、ひたすら酒を吞みながらのボードゲーム会。

May 2, 2014

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Amazonにて注文していた、
『表象 08』(月曜社、2014年)、
防衛省防衛研究所編『東アジア戦略概観 2007』(国立印刷局、2007年)、
同上『東アジア戦略概観 2008』(ジャパンタイムズ、2008年)、
同上『東アジア戦略概観 2011』(アーバン・コネクションズ、2011年)、
を受取った。

上野へ行き、東京都美術館にて『バルテュス』展を観た。
それから渋谷へ行き『飯野賢治とWarp』展を観た。

May 1, 2014

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元住吉に在る書店にて、
いくえみ綾『G線上のあなたと私』、
を購入した。

April 27, 2014

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秋葉原にて、Umrさんたちとのボードゲーム会。

April 26, 2014

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日吉駅に在る書店にて、
山田芳裕『へうげもの』(Bd.18)、
を購入した。
快快ハウスへ行き、Aymちゃんの照明装置の工作を手伝った。

April 25, 2014

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今日は職場の最終出社日だった。

April 16, 2014

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Amazonにて注文してた、
Grainger, P. "Plays Grainger"、
を受取った。

April 12, 2014

インターネット以降のネットワーク

インターネットよりも狭く、境域の、地域イントラネットみたいなネットワーク媒体を想定する。
例えば、新宿と秋葉原でしか使えないインターネットという感じで、新宿と秋葉原でなら無線を拾えばネットができる、誰かが私的にそれをアンプして原宿で使えるようにするかもしれない。が、それは一向構わない。
そういう、ご当地インターネットみたいなのの、もっと転がってるネットワークの状況を想定する。
或いは、非インターネット系ネットワークの試み。不特定多数のオープンな端末の無線接続を数珠つなぎにして、距離的に遠いユーザ同士をメッセージするような、インターネットが世界に全面展開してから改めて通信の距離を考えるようなこと。または"Amule"の端末無線接続ネットワーク版のような、ネットワークへの貢献度が自分の通信の状況に影響を与えるような共和。遅延メッセージ、或いは、遅滞メッセージ。

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Amazonにて注文していた、
『MASSAGE 9』(2014.)、
を受取った。
元住吉に在る書店にて、
吉本ますめ『くまみこ』(Bd.1)、
を購入した。

上野へ行き、東京藝大美術館にて『観音の里の祈りとくらし展—びわ湖・長浜のホトケたち—』を観た。
「いも観音」の様子には惹かれるところがあった。土中に埋められたことで表面が人為の無理なく剥ぎ取られた”現れ”がある。表面が削られている、つまり元からは減っているのだけれども、これは上から薄布を被せたような増加にみえる。だから摩滅というような元のディティールが曖昧になるというのではなく、この荒れた表面を通してもまだ失われていない元のディティールは多いように思える。のみならず表面の細かな割れや剥がれによってモザイク状の、別の手触りが重なっているようでもある。これはチップチューン的な、或いはグリッヂのような面白みがあった。

アメ横の上海福順へ行き、米麺を食べた。

京橋へ行き、ギャルリー東京ユマニテにて『鶏肉ちひろ展——とりにくろにくる』を観た。
元は正方形の絵を6枚繋げて描いたらしい絵が、それぞれ分割されて配置されている。
よく分からないが、面白みがあるようだし、しっかりとした絵の感じがあった。

April 10, 2014

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日吉駅に在る書店にて、
『軍事研究』(No.578, May., 2014.)、
を購入した。

April 7, 2014

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Amazonにて注文していた、
ヤマシタトモコ『ひばりの朝』(Bd.1,2)、
を受取った。

April 6, 2014

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Eと浅草へ行き、ぶらぶらと歩いて観て回った。

April 5, 2014

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Amazonにて注文してた、
石井直志・千葉文夫訳『戦争と映画――知覚の兵站術』(平凡社、1999年)[=Virilio, P. "Guerre et Cinéma I" 1984.]、
市田良彦訳『速度と政治――地政学から時政学へ』(平凡社、2001年)[=Virilio, P. "Vitesse et Politique" 1977.]、
戸田秋骨訳『エリア随筆』(岩波書店、1940年)[=Lamb, C. "Essays of Elia" 1823.]、
を受取った。

代々木公園にて、Mymさん主催の「シャバの花見」へ行く。桜はやや葉が覗いていた。
それからAwiさんと合流して吞んだ。
どうやって帰宅したかを思い出せないが、どうということは無かったと思う。

April 4, 2014

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仕事上がりに浅草へ向かい、地下街に在るタイ料理屋モンティにて、Ykymさん主催の食事会に参加した。

March 31, 2014

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Amazonにて注文していた、
『杉井幸一 サロン・ミュージック集』(キングレコード、2009年)[CD]、
鈴木生郎ほか著『現代形而上学 分析哲学が問う、人・因果・存在の謎』(新曜社、2014年)、
塚原史訳『透きとおった悪』(紀伊国屋書店、1991年)[=Baudrillard, J. "La Transparence du Mal" 1990.]、
長澤信壽訳『クール・デウス・ホモ(神は何故に人間となりたまひしか)』(岩波書店、1948年)[=Anselmus "Cur Deus Homo"]、
及川馥・米山親能訳『パラジット——寄食者の論理』(法政大学出版局、1987年)[=Serres, M. "Le Parasite" 1980.]、
Christophe Degueurce "Fragonard Museum: The Ecorches" Blast Books, 2011.[オノレ・フラゴナール解剖標本写真集]、
を受取った。

March 30, 2014

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昼前に浦賀に向かい、Fjtさん主催のイベント『東叶神社で春のおまつり』を観る。
この日は生憎の雨と強風により屋内での開催となったが、神社の方が素晴らしいロケーションであるだけに惜しい。
会場でMmtさんKbyさんと合流する。出演者はNhrさんOnoさんといういつもの組み合わせ。
演奏は、いかにも土地の祭かのような厳かさのディティールが取り合わせられているが、それらは案外出鱈目で、とは云えちゃんと祝祭感があったのはよかった。

浦賀から荒川へMmtさんらと移動する。
サンパール荒川大ホールにて、あらかわ舞台芸術創造プロジェクト『能とオペラ』公演を観た。

 >>> あらかわ舞台芸術創造プロジェクト『能とオペラ』

能とオペラの掛け合わせというのは、やはり想像したなりの無理はあったのだけれど、見たい景色ではあったから楽しむことができたし色々と見えたものがあったことは収穫だった。
演目の第三部、シューベルト『美しき水車小屋の娘』からの作品は、よく作られていて構成上の問題点が分かり易かった。
能とオペラの音楽的なリズムの異なりという点は最も見え易くて、どうもここが馴染み合わない点であるように思えた。
出演は、ピアノの演奏にオペラ歌手(四声)の謡手、能楽師の演じ手。
演じ手の動きはどうしても西洋音楽のリズムに引き摺られがちに見えてしまうのは、音楽の質のせいだと思われる。
これにより、能に独特のスローな動きに西洋音楽の華やかな盛り上がり様が被さると、どうにもハリウッド映画のラストシーンのような感動的なニュアンスを引き出してしまい、それが滑稽と結び付いてしまうようだ。
とても面白い景色で、見応えがあった。
照明効果の調子が、演奏会ふうのフラットなものだったり演劇的な陰影だったりに揺れて一貫せず、総合的な効果としては失敗と見えてしまう印象があった。もっと作り込む余地はある。

それから日暮里の中華料理屋へ移動してみんなで夕食を食べた。

March 29, 2014

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Amazonにて注文していた、
長澤信壽訳『モノロギオン』(岩波書店、1946年)[=Anselmus "Monologion" 1098.]、
を受取った。

代々木公園にて、アマラブの花見があったので、それに合流した。
それから、宇田川町の居酒屋で後輩のTtrくんSdくんと会った。

March 26, 2014

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日吉駅に在る書店にて、
沙村広明『幻想ギネコクラシー』(Bd.1)、
を購入した。

March 25, 2014

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元住吉に在る書店にて、
島本和彦『アオイホノオ』(Bd.9-11)、
を購入した。

March 23, 2014

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綱島に在る中古本量販店にて、
島本和彦『アオイホノオ』(Bd.4-8)、
を購入した。

March 22, 2014

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西日暮里にて、大木屋という店にてNkgさん主催のもんじゃ会へ。
初っ端から、この店名物のエアーズロックと称される肉のかたまりが登場し、ひどく興奮した。


店を出てから、流れで1時間ほどカラオケに興じた。

March 21, 2014

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αM(小伝馬町)にて八幡亜樹の個展『楽園創造(パラダイス)—芸術と日常の新地平—』展を観る。

映像作品は3点展示されている。
作品1"introduction"(3:53)、作品2"Pand ending"(13:49)、作品3"sidestory"(8:25)。
作品1は展示空間の奥の壁面に投影されている。作品2は、壁から柱へ渡し掛けた布に投影され、投影光が布を透かして作品1へ掛かるようになっている。作品3は入り口正面の壁に投影され、質的にも作品1・2からはやや独立した格好になっている。
作品1を観て、優しいグリッヂが特徴的な、美術の映像作品というよりは短編映画に分類されるような—つまり鑑賞経験に空間的拡張がない—作品だと思えた。作品2を観るまでは。実際のところ、作品1と作品2はセットでインスタレーションと言い得る(それゆえ、キャプションにあるような作品単体でインスタレーションとすることは難しい)。映像のテイストとしてはスナップショット・カットアップ、ミュージックビデオのようなテンポ感に似ているように感じる。ここに時折、優しいノイズ・エフェクトが掛かったカットが混じり合って、これが作品1と作品2をインスタレーション作品足らしめるべく両者を空間的に跨ぐシーケンスとなっている。

この作品には簡単なストーリーがある。カメラに残された映像記録が軸となって構成され、展開していく。
主人公はフィリピンの街中をビデオカメラを回しながら、モノローグを呟きながら歩き回る。映し出されるのはその手持ち撮影の映像だ。主人公は撮影の途中で事故に遭い、現場にカメラを置き去りにしたまま病院へ搬送される。事故の瞬間にカメラは地面に投げ出され、そして地面に倒れたまま動かない主人公を撮影し続ける。カメラはこの出来事を傍観する。この事故=出来事の衝撃はカメラに機械的な不具合をもたらし、映像にはノイズ(グリッヂ的な)が出来事の痕跡として残り続ける。
このカメラはフィリピン人の若者たちに拾われ、彼らの生活圏の細切れの記録の為に使われる。
やがて彼らの持つカメラは主人公の知人に発見され、主人公の元へと引き渡される。このときカメラにはフィリピンの若者たちが撮影した映像が残されている。
カメラは主人公の手から不意に放り投げられ、他者の記録と混じり合い、再び戻ってくる。作品はこれらの、自身と他者の記録の混在により構成されている。

そして、映像に掛かるノイズ・エフェクトの有無は、事故の瞬間を起点にその前後の区別を示唆している。また、このような分水嶺はそれ以外の様々なモチーフの対立にも延長されている。例えば、銃殺されたホセ・リザールと事故に遭っても死ななかった主人公、焼かれて死ぬ蛾と死なない蛾、フィリピンで死んだ日本兵と事故で死ななかった作家、など。あるいは、パンデサル(フィリピンで常食されるパン)のモチーフ性について、パンデサルがスペインから伝来したことや、パンが経済の中で交通すること、つまり売買されること、地域に特有の食品であること、狭い範囲での消費によりヴァナキュラーであること。これとビデオカメラの受け渡しや事故、つまり出来事の時間的・空間的な系列との対応が引き出せる。
重要なこととして、これらの系列の連関は、作品1と作品2の両方を観ることで初めてもたらされる、つまり作品1と作品2は空間的に異なる配置であるが、これらが一つのパースペクティブ上に結び付くことでインスタレーション作品として空間的な立ち上がりを獲得することができる、という点だ。それゆえ、作品2の投影光が作品1へと掛かるような空間的配置は、インスタレーションとしての作品の質を呼び起こす導きの糸である。

作品について悪くないけど、という感じで感銘は受けなかった。むしろ「映画と美術としての映像作品との違いは何か?」ということばかり考えていた。それゆえ、スクリーンのシワや、投影がライトレールに掛かって画面左上が欠けていたことは気になった。
経験的には、美術としての映像作品の定義は、”鑑賞経験における空間的拡張が有ること”これであるが、このため複数の映像作品の音声が互いに浸潤し合うことへの寛容が生じているのではないか、という考えに至った。

秋葉原へ移動し、アニメイトにて、
『アニメグラフ』(No.3)、
を購入した。

そこから少し歩いて、JIKKA 実家へ、荒木くんの個展『MOTHERLANDS』のオープニングに顔を出す。
展示されていたのは、滞在したアイスランドの村(人口500人くらい)にあるレストラン、アメリカ・ルート66沿いの地名に因んだメニューを4人で次々制覇してハリウッドを目指すロード・ムービーとか、その村の老人に見よう見まねでオスカー像の木彫像を彫ってもらったその記録とか、アホなネタだなと思いつつも、スパイであるところの荒木くんらしい作品だった。
二次会はすぐ近くに在る米線にて。

March 20, 2014

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元住吉に在る書店にて、
石川雅之『もやしもん』(Bd.13)、
細野不二彦『ヤミの乱波』(Bd.4)、
を購入した。

March 19, 2014

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昼頃に、台湾で中台協定の批准に反対する学生たちが立法院議場を占拠したという情報が伝わってきた。
事態の経過を注視したいと思う。

Ust: 台灣-[退回服貿*捍衛民主]佔領立法院實況
ニコ生:台湾立法院(国会)を学生らが占拠 生中継

March 17, 2014

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朝、通勤路に在るコンビニにて、
ハロルド作石『RiN』(Bd.5)、
を購入した。

恵比寿へ行き、GFA。
Hsgwくんより、
『北加賀屋クロッシング2013 MOBILIS IN MOBILI —交錯する現在—』(2014年)[企画展図録]、
を手売りしてもらう。

私はこの企画展の、大阪展も東京巡回展も観に行ってはいないのだけれど、気に掛かっていたので、早速入手できてよかった。
実際に手に取ってみると、先ずは図録としてのクオリティの高さに驚かされる。デザインの体裁だけに留まらず資料体としての充実が図られていて、明らかにこの図録が企画展の余剰や冗長として制作されたものではないことを、企画展の構成として端から組み入れられていたものだということがよく分かる。これは美術館の企画展図録が、やもすれば展示の思い出を楽しむものとしてスクラップブックのような羅列性に堕落しがちなこととは一線を画していて、アーカイヴとしての発展性が含み込まれている。
インディペンデントの企画展図録とはいいながらも優れて資料性が高い、今後のインディペンデントな企画展に対して一つの新しい基準を作ってしまったような印象がある。つまり、"ここまでできる"のだ。

なお、図録の写真に、1.スナップ臭が背後に漂う生まっぽい質感(絵画について) 2.いわゆる図鑑的な、空気感のない標本としての質感(それ以外の、写真や映像、インスタレーション) の2つが混在してるのが気に掛かった。これは面白みなのか、不徹底なのか?

March 14, 2014

Untitled

中目黒にて同僚の送別会をスペイン料理屋でやる。

会の始まる前に、The Container(美容院店内の一角に在る)にて荒木くんの個展"Wrong Translation"を観る。

スペイン、ポルトガル、イタリアと、日本の映像のカット・アップ。宣教師アンジロウの声。大航海時代のヨーロッパと日本とを繋ぐ関連の束が提示される。
口の中に仕込んだカメラによって撮影された映像(口唇により、風景がアーモンド型に切り取られる)を横に2つ並べることで、目であるかのようなイメージを引き起こす。最後に暗転したとき、露出オーバーの映像が目に焼き付いて暗闇に両目が浮かんだようにみえる。目で(見えない)目を見てる、目の内側(口の中から)から目を見てる、のような。
展示空間が店内に在るため、美容院内の作業音が作品の音環境に浸潤してくる。全体的に音量は問題ない。が、ナレーションは音量レベルが低くて聴き取りにくいとも感じた。スピーカーが背後側に設置されていたが、これは「後ろから幽霊が語りかけるような効果」を期待したとのこと。インスタレーションとしては音環境の設計に課題があるように思う。

March 10, 2014

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日吉駅に在る書店にて、
『軍事研究』(No.577, Apl., 2014.)、
を購入した。

March 8, 2014

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二子玉川に在る玉川大師へ行き、地下霊場巡りをしてきた。
完全な暗闇の中を、行く手が上に下に右に左に道が捻じ曲げられていて、存在不覚に陥る・

March 6, 2014

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Amazonにて注文してた、
松村劭『三千年の海戦史・下』(中央公論新社、2010年)、
金子常規『兵器と戦術の世界史』(中央公論新社、2013年)、
浜野喬士『カント『判断力批判』研究——超感性的なもの、認識一般、根拠』(作品社、2014年)、
を受取った。

March 5, 2014

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通勤の行き掛けに在るコンビニにて、
荒川弘『銀の匙』(Bd.11)、
を購入した。
帰りしな、元住吉に在る中古本屋にて、
島本和彦『アオイホノオ』(Bd.2、3)、
を購入した。
帰宅して、Amazonにて注文してた、
松村劭『名将たちの戦争学』(文芸春秋、2001年)、
松村劭『ゲリラの戦争学』(文芸春秋、2002年)、
同『三千年の海戦史・上』(中央公論新社、2010年)、
同『戦術と指揮 命令の与え方・集団の動かし方』(PHP研究所、2006年)、
を受取った。

March 4, 2014

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Amazonにて注文してた、
松村劭『名将たちの戦争学』(文芸春秋、2001年)、
斎藤秀昭・森晃徳『視覚認知と聴覚認知』(オーム社、1999年)、
を受取った。

February 25, 2014

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日吉駅に在る書店にて、
安藤元雄訳『シルトの岸辺』(岩波書店、2014年)[=Gracq, J. "Le Rivage des Syrtes" 1951.]、
植芝理一『謎の彼女X』(Bd.11)、
幸村誠『ヴィンランド・サガ』(Bd.14)、
を購入した。

February 20, 2014

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元住吉に在る書店にて、
岡崎乾二郎『ルネサンス 経験の条件』(文芸春秋、2014年)、
を購入した。

学生時代に一度は手に取って、それから暫くのあいだ「買おう、買おう」と思っている間に
いつの間にか手に入れることができなくなっていた。
こうやってまた、文庫でも読むことができるようになって、嬉しい!

February 15, 2014

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昨晩降った雪が夥しく積もりきっていた。
先週降った古い雪のうえに、また新しい雪が積もるのを目にするのは何年振りのことだろうか。
東横線は未明の衝突事故の影響で区間不通。僕は元住吉に閉じ込められた。

元住吉に在る中古本屋にて、
青山景『THE DOG RACE——青山景初期作品集——』、
島本和彦『アオイホノオ』(Bd.1)、
を購入した。

February 10, 2014

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元住吉に在る書店にて、
『軍事研究』(No.576, Mar., 2014.)、
を購入した。

February 9, 2014

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両国からの帰宅。雪による混乱も落ち着き、電車の運行はいつも通り。
元住吉に在る書店にて、
支倉凍砂/桂明日香『ビリオネアガール』(Bd.3)、
を購入した。

February 8, 2014

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大雪が降った。
前日の天気予報では記録的な大雪の予想となっていたが、それほど降るとは思わなかった。
雪は朝から降り続き、時折吹雪いた。昼過ぎになっても降り止まなかった。
夕方には両国へ行くことになっていたから早めに家を出た。
バスは問題なく動いていた。東横線の運行もそれほど遅れがあるようには見えなかった。
目黒線で大岡山、大井町線に乗り換えて大井町。
東海道本線は運行見合わせ、振替輸送のりんかい線で大崎へ。
大崎から山手線で秋葉原へ。途中、神田で運転見合わせのため停車。後から来た京浜東北線に乗り換えて秋葉原に着。
総武線が乗降トラブルにより15分ほど停止。ようやく来た。2駅乗って、やっと両国。
駅で待っていたUmさんと合流し、ジンギスカン「雪だるま」へ。


焼き加減がレアでも食べることが出来る肉がとても旨かった。随分と食べた。
それから店をモンゴル料理「ウランバートル」へ移して軽めの二次会へ。ウォッカを吞む。
23時を過ぎた。電車の運行状況は分からないが、多分散々だっただろう。
そのままみんなでSmzさん宅へ移動して三次会。2時くらいになると食傷の為か酔いの為か、次第に場が収まり、一斉に寝入った。

February 7, 2014

CGアニメーションの快楽について

これは、映画『トランスフォーマー』シリーズから変身シーンだけを抜き出したマッシュアップ映像である。
もう目も、エンコードも追い付かない。



このような視覚情報の追いきれなさこそが、CGアニメーションの快楽の一端を確実に占めている、という感じは確かにするのだ。
特に、例えば『トランスフォーマー』シリーズにみられるような"異常に細かな変形が集合している様子"は、これをちょっと引いてみたならばエンコードに失敗したブロックノイズと大差ないように見えるのが面白い。
おまけに、そのような細かくて動きの速い部分こそがエンコード落ちし易く、まさにアニメーション(奥行き感)なのかノイズ(スクリーン)なのか、という空間的失調を引き起こすのだ。このことは"映画"というメディウムを、しつこく横断している・

February 6, 2014

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日吉駅に在る書店にて、
大西巷一『乙女戦争』(Bd.1)、
オジロマコト『富士山さんは思春期』(Bd.3)、
滝沢聖峰『零の帰還』、
を購入した。

February 5, 2014

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渋谷へ行き、雑誌『チェマダン』のデザイン会議へ参加した。
Amazonにて注文した、
桝田啓三郎訳『誘惑者の日記』(筑摩書房、1998年)[=Kierkegaard, S. "Forførerens Dagbog" 1843.]、
豊田彰訳『ヘルメス2 干渉』(法政大学出版局、1987年)[=Serres, M. "Hermès II. L'interférence" 1972.]、
を受取った。

February 3, 2014

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Amazonにて注文していた、
白川静『中国古代の文化』(講談社、1979年)、
同上『中国古代の文化』(講談社、1980年)、
酒井美紀『夢語り・夢解きの中世』(朝日新聞社、2001年)、
いんちき番長・加藤アングラ『いんちきおもちゃ大図鑑 中国・香港・台湾・韓国のアヤシイ玩具』(社会評論社、2009年)、
を受取った。

February 2, 2014

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新宿、歌舞伎町へ行き、現殺会の読書会に参加する。
今回の課題書は、清水高志『ミシェル・セール 普遍学からアクターネットワークまで』。
それから西麻布へ、explosion tokyoの新年会に顔を出した。

February 1, 2014

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Amazonにて注文した、
堀江敏幸『熊の敷石』(講談社、2004年)、
柄谷行人『遊動論 柳田国男と山人』(文芸春秋、2014年)、
脇功訳『タタール人の砂漠』(岩波書店、2013年)[=Buzzati, D. "Il Deserto dei Tartari" 1940.]、
ライスマウンテン『中国の変 現代中国路上考現学』(バジリコ、2008年)、
『Timothy Leary サイケデリック革命の父、ティモシー・リアリー博士の生涯』(ナウオンメディア、2005年)[=DVD: Davids, P. "Timothy Leary" 2004.]、
を受取った。

January 28, 2014

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仕事上がりに新宿へ。今回は"SG(上海蟹)FA"、蟹の甲羅で親指の腹を切って、ものを掴むにも具合が悪い。

January 27, 2014

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日吉駅に在る書店にて、
くらもちふさこ『花に染む』(Bd.4)、
いくえみ綾『トーチソング・エコロジー』(Bd.3)を購入した。
それから元住吉に在る居酒屋にて、Iorさんと吞んだ。

January 25, 2014

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新宿にて、川村元紀個展『ルシオラの居る』@ギャラリー新宿座のオープニング・パーティに顔を出した。
画廊は奥まった場所に在って、意外な佇まい、ぽかんとして砂利の敷かれた空き地のような場所に建っているのは、片田舎で見掛ける民家のようだった。
この周辺には、古びて小ぢんまりとした民宿が数軒あって、新宿駅からはすぐ近くという場所ながら、どうにもそういう目紛しさからは取り残されている下町風情が感じられる。

 >>>togetter: 川村元紀さんの個展「ルシオラの居る」を見た

展示作品を観ながら1時間ほど歓談して、次は日暮里へ行った。雲南料理屋にて遅めの新年会を、Nhrさん・Mmtさんと酒を吞んだ。

January 24, 2014

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日吉駅に在る書店にて、
安藤元雄訳『アルゴールの城にて』(岩波書店、2014年)[=Gracq, J. "Au Château d'Argol" 1938.]、
山岸真訳『白熱光』(早川書房、2013年)[=Egan, G. "Incandescence" 2008.]、
空海著、福田亮成校訂・訳『空海コレクション 3 秘密曼荼羅十住心論 上』(筑摩書房、2013年)、
同上『空海コレクション 4 秘密曼荼羅十住心論 下』(筑摩書房、2013年)、
『軍事研究』(No.575, Feb., 2014.)、
を購入した。

January 13, 2014

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元住吉のドトールで、ロシアから帰国したmsrくんと会って話をした。
近所に在るコンビニにて、
森薫『乙嫁語り』(Bd.6)、
を購入した。

January 11, 2014

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Amazonにて注文してた、
『同人音楽を聴こう!』(三才ブックス、2008年)、
を受取った。
夕方に渋谷へ行き、tgwくんと久々に会って吞んだ。

January 10, 2014

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朝、職場への行き掛けのコンビニにて、
荒川弘『銀の匙』(Bd.10)、
を購入した。

January 7, 2014

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Amazonにて注文していた、
清水高志『ミシェル・セール 普遍学からアクター・ネットワークまで』(白水社、2013年)、
を受取った。

風邪をひいて辛い。
今の風邪は関節部にくるようだ。

January 3, 2014

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帰京。その道すがら、秋葉原に在る「とらのあな」にて、
『アニメグラフ』(Vol.1)を購入した。
帰宅して、Amazonにて注文していた、
黒須正明ほか共著『ISO13407がわかる本』(OHM社、2001年)、
深草幸司訳『情報美学入門 基礎と応用』(勁草書房、1997年)[=Bense, M. "Einführung in die informationstheoretische Ästhetik" 1969.]、
二宮宏之ほか編『都市空間の解剖(叢書歴史を拓く——アナール論文選4)』(新評論、1985年)、
佐々木友輔編『floating view "郊外"からうまれるアート』(トポフィル、2011年)、
を受取った。